第20話 十日目

「今日で十日目……ですよね」


 先ほど閉店し、店舗カウンターで今日の売り上げを集計している店主に、店内の商品棚の整理や清掃をしながらシファが店主に問いかける。


「そうですね。でもメイラに渡してある緊急用の警報アラームは反応していませんから、心配はいらないと思いますよ」

「べ、別にメイのことを心配している訳じゃないですからね。ウェインさんのプロポーズはうまくいったのかなぁって気になっただけですから」


 素直じゃないシファがそう言って棚の陰に隠れるように移動していくのを視界の端で見ていた店主は微笑みつつ肩をすくめる。


(おそらく、ウェインさんの世界が思ったよりも楽しくて寄り道が長引いているのでしょうね。それでも十日目ともなればそろそろ一度は戻ってくる頃だと思うのですが)


 ウェインがメイラを護衛に自分の世界へと戻ってから今日で十日、その間は異世界から新たなお客を迎えるようなことはなかった。かといって見た目は寂びれた雑貨屋にしか見えない表向きの【よろず堂(仮)】に普通のお客さんもほとんど来ないのだが、それでも店主は粛々と営業をしている。しかし、そんな日々を十回繰り返してもウェインを送っていったメイラはまだ帰還していない。


 もともとダンジョンからの脱出込みでの護衛のため、数日かかることは見込まれていたのだが、【よろず堂(仮)】に戻ってくるときは専用のアイテムで一瞬のため一週間を超えても戻ってこないのはやや遅い。

 遅くはあるが店主はそれほど心配はしていなかった。なぜならメイラは自身の出身世界では生産が得意なドワーフ系の種族だったのだが、彼女自身は生産活動よりも武器を使って戦う方に生き甲斐を見い出してしまった戦闘狂。そのため基本的にはいつもどこかで戦っている。そのバトルジャンキーぶりはある事件で店主と出会ったことで、戦えるフィールドが出身世界だけに限られなくなったことで、現在も過熱して加速中である。

 そんなメイラがろくに鍛えていないウェインでさえあの頑丈さを発揮する世界、そこに生息する魔物たちがさぞかし斬り甲斐があるだろうと判断するのは難しくない。つまりメイラはその世界での戦闘を気に入る可能性が高い。興が乗れば滞在が多少長引くのも仕方がない。


 そんなことを考えていた店主の耳にさわやかな鈴の音が響く。


「おっと、噂をすればですね。シファ、メイラが戻ったようです。ちょうど閉店作業も終わりましたからお迎えに行ってあげてください。私は上で夕食の準備をしています」


 店主の耳に届いた鈴の音は地下の転移陣が発動した時、その場に人がいなかったときに店主の耳にだけ聞こえるように鳴る音。ちなみにこの音にはいくつか種類があり、転移事故に巻き込まれた人が来たときはチャイム音、【よろず堂(仮)】の転移陣を使用するための専用の魔道具を使用している場合は鈴の音。事故以外で不法に使用されようとしている場合は警報音である。


「もう! やっと帰ってきたんですね、どうせ埃まみれのまま帰ってきたんでしょうから私がしっかりお風呂に叩き込んできます!」

「はい、お願いします。メイラも疲れているでしょうからお手柔らかにしてあげてください」

「それはメイラ次第です。じゃあ、トモさん申し訳ないですけど夕飯の支度はお願いします」

「はい、なるべく早く多く用意できるようにしておきます」


 言葉の内容こそ厳しいがどこか安堵した様子のシファが【よろず堂(仮)】のエプロンを外しながら地下へと降りていく。その後ろ姿を笑顔で見送った店主は店内の電気を消すと一足先に二階へと上がり、アイランドキッチンで手を洗ってから背後の冷蔵庫などの食材を確認していく。

 

「腹ペコのメイラはたくさん食べますし、時間がかかるものは我慢できないでしょうね。まぁ、幸いメイラがいつ帰ってきてもいいように最近はシファがシチューやカレーなどを作りおきしてくれていましたからね」

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