第19話 護衛

「思ったよりも早い到着でしたね」

「どうせ、お腹が減ったから早く来たんだと思いますよ」

「そんなこと言っても、この量は最初からそれを見越して作ったとしか思えないですが?」

「うっ……ウェインさんがたくさん食べられるように作ったんです」

「なるほど、それならそういうことにしておきます。ウェインさん、そこに食器が用意してありますので、卓に並べておいてください。私はウェインさんを護衛してくれる人を迎えに行ってきますので」

「おう、そのくらいは俺でもできる。任せろ店長」


 こちらを向かずに作業を続けるシファの耳が少し赤くなっているのを見て小さな笑みを浮かべた店主が和室の扉を開けて廊下に出ようと足を踏み出した店主は柔らかいものに包み込まれた。


「うわっ、ふ」

「おっと、いきなり大胆だなトモ」


 廊下に出ようとスライド式の扉を開けた店主だったが、シファの方に意識がいっていてちゃんと前を見ていなかった。そのため既に扉の前に人がいることに気が付かずぶつかってしまうところを、扉の前にいた人物がしっかりと抱きしめる形で受け止めてくれたらしい。


「っと、あぁ、メイラ。早かったですね」

「ああ、久しぶりのトモからの呼び出しだ。昨日のうちに攻略中のダンジョンを切り上げて家で身だしなみを整えて待ち構えていたんだ」

「そういえば……いつもの装備姿ではないですね」

「装備は収納から出せばすぐに整うからな。だが、私服で来たおかげで飛び出してきたトモを柔らかく受け止めてやれたから正解だったよ」


 長身である店主に劣らない小麦色の大きな体をゆったりとした白色半袖のシャツと程よくダメージを受けたジーンズに包み、赤みがかった茶色い髪を短く整えてはいるが、店主との間で形を変える大きな果実が示す通りメイラは女性である。しなやかに鍛えられた肉体と気風の良い語りが勇ましい雰囲気を漂わせているが、その抜群のスタイルと整った顔立ちは美女であると断じて間違いないだろう。


「すみません、ちょっとよそ見をしていたので気が付けませんでした」

「かまわない。トモから体当たりされるのはご褒美みたいなものだからな」

「あぁぁ! ちょっとメイ! いつまでもくっつきすぎだから! は~な~れ~て~!」


 そう言って店主の頭を抱え込むようにして自分の胸で挟もうとするメイラに気が付いたシファが二人の間に割り込むようにもぐりこんで無理やり引き離しにかかる。


「おっと、時間切れか。トモ、続きは邪魔がいないときにな」


 そんなシファに無理に抵抗することもなく店主を解放したメイラは笑いながら店主へと片目を瞑って見せる。


「お手柔らかに」


 スタイルはこの上もなく女性らしいメイラからのアピールは、さばさばとしていて親密さは感じるものの、変な照れや遠慮がないせいか性的な雰囲気が少なく店主もあまりどぎまぎしないですむため、スキンシップの多い国の人とのハグみたいな感じで対応できている。


「トモさん!」


 これがシファ相手になると、シファが盛大に照れてしまい何とも言えない甘い雰囲気になってしまう。周囲の好意を抱いてくれているであろう女性たちに関して覚悟を決め切れていない店主はいずれの女性とも距離感を詰め過ぎないようにするために苦慮しているようだ。


「さて、シファ。食事の準備はできたかい? メイラも来てくれたことだし腹ごしらえをしてからウェインさんの帰還について最終確認をしよう」

「むぅ……わかりました」


 今一つ納得いかないまでも頷いたシファはキッチンへと戻り、先ほど置いた山盛りにした鶏のから揚げに加え、大きな鍋いっぱいに作られた肉じゃがを鍋ごと、旅館で使うようなおひつに移したホカホカの白米と豚汁の入ったお椀を次々とテーブルに置く。店主はその動きに合わせてお茶碗や箸、取り皿などを準備していく。その動きは慣れているのかお互いの動線や動くタイミングを把握しているとしか思えないほど連携の取れたものだった。

 てきぱきと動く二人を見てウェインも何か手伝おうかとしたのだが、「かえって邪魔になるからお前はこっちだ」とメイラに捕まって帰還先のダンジョンの情報やウェインの戦い方や力量などの確認に時間を使っていた。


「それではいただきましょう」

「「いただきます」」 

「え? と、あ、い、いただきます?」


 配膳が終わった掘りごたつのテーブルの四辺に一人ずつ座ると店主の声と共に女性陣がいただきますの声をあげ、説明だけ受けていたウェインが慌てて続くと、メイラが器用に箸を使いながらひょいひょいと唐揚げを自分の取り皿に山盛りにしていく。

 そんな様子を溜息まじりに眺めながらシファも、まず店主の茶碗に綺麗にご飯を盛って店主の前に優しく置くと、メイラの茶碗には相撲取りもかくやと言わんばかりに白米を山盛りにしてどんと置く。


「ウェインさんは昨日からお米を食べてみてどうでしたか? 苦手でしたらパンもご用意していますけど」

「あ、あぁ。大丈夫だ、このお米っていうのは美味い。俺のいたところでは見たことなかったし、せっかくだから食べられるだけ食べて帰るよ」

「じゃあ、大盛にしておきますから一杯食べていってくださいね。こちらの世界のパンもすごく美味しいですから帰るときに是非持って帰ってください」

「本当に何から何までありがとう。まさかダンジョンで罠にかかって死を覚悟した俺がこんなに……」


 シファから受け取った温かい茶碗を両手で持ちながら目を潤ませるウェインの背中を既に唐揚げとご飯をかきこんでいる途中だったメイラがバシッと叩く。


「そんなことは気にせず食え。これからダンジョンを抜けるんだからな」

「お、おう!」


 店主なら悶絶するメイラの一撃をなんでもなかったことのようにスルーして唐揚げを口にしてそのうまさに目を見開くウェイン。

 一方で力の強い明らの一撃を受けて全く意に介さないその頑丈さに店主は内心で驚愕を隠せない。


(本当にウェインさんの世界は『固い』ですね、登録した素材は寺捻時さんへお勧めしてみますか)


 うまい、うまいと言いながら無心に料理を食べるウェインにほっこりしていた店主は、みるみると低くなっていく唐揚げの山に気が付いて慌てて箸を動かし始めるのだった。

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