第17話 花言葉

「うおぉ! す、すげぇ! なんて綺麗な花だ……こんなの貴族や王様だって持ってるかどうか」


 花屋の店先に並んだ花々の衝撃が一瞬で上書きされたらしいウェインがようやく現実に戻ってきたが、今度は花澄の持つ胡蝶蘭に度肝を抜かれている。


「この世界には花言葉というのがあって、一つ一つのお花に想いや願いが込められているんです。住んでいる場所や時代によって変わったりもするのですが、このピンクの胡蝶蘭には『あなたを愛しています』や『幸を招く』という花言葉があるんです」

「あ、愛っ? お、俺が彼女を? ……いや、そうだ、そうだな。俺は彼女を愛している、諦めたくないからダンジョンに潜ったんだ」


 花澄の説明に想い人のことを思い出したのかウェインは最初は顔を赤くして動揺を見せたが、すぐに持ち直すと真剣な表情で何度も頷き、店主を真っすぐ見る。


「店長、是非この花を譲って欲しい。この花を持ってあいつのところに帰れるなら、俺に出せる物は全部出すし、できることなら何でもする! 頼む!」


 土下座でもしかねない勢いで頭を下げるウェイン。その様子を見て、店主、シファ、花澄は三人で目を見合わせると笑顔を交わす。


「ウェインさん、顔を上げてください。このお花はあなたに差し上げるために準備していただいたんです。それに対価は既に昨日頂いていますので、この花はあなたの物です」

「あ、ありがとう店長! でも、俺がしたことなんて持っていた物を見せただけなのに、本当にこんな……」


 どうしても自分の世界の価値観で花を見てしまうウェインに花澄は優しく微笑むと抱えていた胡蝶蘭をそっと手渡す。


「こんなに花を大事にしてくれそうな人に貰われて、この子も幸せだと思います。この植木鉢にいる限り細かい手入れは不要ですが、仲良くしてあげてくださいね」

「あ、ああ! もちろん! もし結婚を断られたとしても俺が責任もって面倒みる! 約束する」


 恐る恐る胡蝶蘭を受け取ったウェインはその美しさに身震いしながらも花澄の言葉に力強く応える。

 

「気に入ってもらえたようで良かったです。さて、ウェインさん。お花の方はこれでいいとして、後はどうされますか? もう少しこちらの世界を観光されて行かれますか」

「…………いや、帰るよ。こんな世界があることを知れただけでもう十分だ。それに、ダンジョンに入ってからそれなりに日数も経っているはずだから、早く帰らないと帰った後が怖いし」

「ですよね! じゃあさっさと帰りましょう、すぐ帰りましょう。はい、花澄さんこれ、報酬の植木鉢です。さ、トモさん早く行きましょう」


 胡蝶蘭を大事そうに抱え店主に帰還の決定を告げるウェインに、ピンときた表情を浮かべたシファは持っていた植木鉢を花澄へと押し付けるように渡すと、これ見よがしに店主の腕を取る。


「ちょ、ちょっとシファ、そんなに急がなくても」

「駄目です、トモさん。ウェインさんの大事な人が何日も帰らないウェインさんをきっと凄く心配していますから。ね、ウェインさん!」

「あ、あぁ、多分、そうだったらいいなと思っているけど……」

「ほら! 早く帰って送還の準備をしないと」

「はいはい、わかりましたから、そんなに腕を抱え込まないでください……その、いろいろ当たってますので」


 女性としては長身の部類に入るシファだが、店主も日本人としては長身でシファよりも少しだけ背が高い。そんな二人が腕を組むとシファの見目の良さや、店主のクールな眼鏡と相まってとても絵になるのだが、メリハリのあるスタイルで薄手の服を着ているシファの柔らかな部分が店主の腕を刺激してしまう。


「あ……だ、大丈夫です! 私は……ト、トモさん相手なら全然大丈夫です」


 長い耳をやや赤くしつつも腕を緩めることなく言い切ったシファに、店主は苦笑しつつも無理に引き離すのを諦める。店主は多少の鈍さはあるが、どこぞのラノベによくいる超鈍感系主人公や勘違い系主人公とは違う(と本人は思っている)ため、シファや花澄から自分への好感度が高いことには気が付いている。そして自分自身も好感を抱いているのは自覚しているので、本人が問題ないと言ってくれるのなら役得だと思って受け入れるくらいの俗っぽい下心は持ち合わせている。


「わかりました、では店に戻りましょう。花澄さん、今日はありがとうございました。お礼は後ほど改めさせてください」

「ふふ、気にする必要はないですよ……でも、せっかくの申出ですから連絡を楽しみにしていますね」

「はい」


 植木鉢を二つ抱えて微笑む花澄に店主も笑顔を返す


「それと、シファちゃん。この件は今度のお茶会でしっかりお話しましょうね」

「ふふん、望むところですぅ」

「あら、可愛い。あかんべぇなんてどこで覚えたのかしら」


 小さく舌を出したシファに腹を立てることもなく、大人の女の余裕を見せる花澄は楽しそうに笑っている。


「こら、シファ。花澄さんに失礼だろう」

「いいんですよ、具好さん。私とシファちゃんの間ではいつもこんな感じで、楽しくお付き合いしていますから」

「いつもは仲良くしてますよ。お互いにちょっと意地悪するのはライバルモードの時くらいです」

「ライバルモード? ゲームかなんかですか?」


 ライバルという言葉に対してテレビゲームの対戦くらいしか思いつかない店主が首を傾げる。


「トモさん……」

「ふふ、やっぱり具好さんは具好さんですね」


 二人の反応を見るに、やはり鈍感ではあるのかも知れない。

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