第16話 賢者
「はい、私が店を受け継いだ後に来られたお客様です。最初はただの木が転移してきたのかと思いましたが半分精霊のような種族の方でした。長寿な種族のため蓄積された知識は物静かな性格と相まって賢者と言ってもいいほどでしたし、擬態スキルの応用で人間の姿に変化も出来る多才な方でしたね」
「そんな方がどうして転移してきたんですか?」
【よろず堂(仮)】地下の転移陣から初来客するのはなぜか望まぬ転移に巻き込まれた者のみ。店主が賢者と称するような賢い人物ならそうそう転移を伴うような事件や事故に巻き込まれることはないのでは、とシファは考えたらしい。
「きちんと話すと長くなるので、簡潔に話しますね。ある日大地の力が衰えたことに気が付いたその星の住民たちが、大地に根を下ろして暮らす時間が長いタイプの種族たちが原因だと言い出して、その種族の方たちと争いになりました。その争いの中で強力すぎる魔法同士が衝突した結果、次元が裂けてしまったそうです。そんな中このままでは世界ごと飲み込まれてしまうと判断したその方は、その裂け目を閉じようとしました。ですが、閉じるためにはどうしても裂け目の向こう側に高度な魔法を使える者が行く必要があったらしく、戻れない覚悟でその裂け目に飛び込んだ、ということでした」
「な、なるほど。次元が裂けるほどの魔法の応酬とか絶対にその場にいたくないですけど、その結果お店に来られたんですね。で、結局その方はどうされたんですか」
自らも魔法を使用することが出来るシファには次元が裂けるほどの魔法の衝突がどれほど非常識なものかがわかるため、かなりドン引きしている。
「かなり衰弱していましたので、試しに地球産の植物栄養剤と肥料をお渡ししてみたのですが……その効果にいたく感激したみたいで、これで大地が蘇ると大興奮してご自身の収納魔術空間へ大量に入れて持って帰りました。その際にまた来るとおっしゃっていましたけど……私たちとは多少時間感覚が違っていましたので、こちらから伺わない限りまた再会できるかどうかは微妙なところかも知れません」
植物系の特性を持つ種族や長命種等との間にある時間感覚の差は異世界人と付き合っていくうえで避けては通れない。
「へぇ、そんなことがあったんですね。その世界ではありきたりの商品だったものが世界をまたぐととんでもない効果を発揮するのはあるあるですよね。もっとも、トモさんのお店で働くようにならなかったら別の世界があることにすら気が付けませんでしたけど」
「うちのお店に来店される方は何かしらトラブルに巻き込まれた人なので、あまり出会いを喜ぶ訳にもいかないのですが……いろいろな世界の人や物と出会えるこの仕事はとてもやりがいがあって楽しいと思いませんか?」
「はい! さらにトモさんと一緒に働けるんですから最高です。今なら【よろず堂(仮)】に辿り着いてよかったって自信を持って言えます」
植木鉢を抱えてさえいなければ店主に抱き着いたのではないかと思われるほどにキラキラした目で詰め寄るシファに店主はにっこりと微笑む。
「それなら良かった。本来の世界ではない場所で私の手伝いをさせてしまっていますから、シファがそう思って一緒に働いてくれるのはとても嬉しいです」
「トモさん……」
店主の屈託のない笑顔にはふぅという吐息を漏らしたシファがとろんとした目のまま更に店主との距離を縮めようと……
「はい、そこまでよ、シファちゃん」
いつの間にか店内から戻ってきていた花澄が二人の間にすっと割り込む。
「あぁっ! なんで邪魔するんですか花澄さん!」
「おしごと中ですよ、シファちゃん。ね」
「むぅ……確かにそうですけど」
植木鉢を二つ抱えたまま頬を膨らませるシファを見て笑みを浮かべた店主は、シファと可愛い言い争いをしている花澄の抱えている花へと視線を送る。
「花澄さん、それが?」
「あ、はい。ピンクの
花澄が抱えてきたのは桃色の花が三列、縦に連なるように咲き誇る胡蝶蘭だった。
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