第15話 植木鉢

 この花屋はもともと『裏庭の花』という店名で花澄の祖母にあたる花枝という女性がオーナーだったのだが、友吉が店を今の店主に譲って代替わりしたのを機に花枝が引退を決め、一年ほどかけて遠方に住んでいたらしい孫娘を呼んで店を譲った。その際に若い孫娘の希望で店名も『Backyard Flower』に変更している。

 もともと【よろず堂(仮)】も友吉の代ではただの『よろず堂』であり、店を受け継ぐときに具好がおしゃれな名前を考えている間だけ(仮)付きで呼称していただけなのだが、その間に面白がった商店街の店主たちや常連客がそのまま使い始め、気が付いたらエプロンや看板などを勝手に作成して持ってきてしまったため、ずるずると使用している状態にある。店主はまだ店名変更を諦めていないが、この世界に来た時から意味も知らずに【よろず堂(仮)】で名前を覚えてしまったシファなどはこの名前を気に入っており、店主が新しい名前を思いついても変更するためにはいくつもの高い壁があることに店主はまだ気が付いていない。 


「はいはい、社交辞令はその辺にしてください」


 社交辞令の中にそこはかとない甘い雰囲気を目敏く感知したシファが二人の間に割り込む。


「それで、花澄さん。今回のウェインさんの件に合いそうお花はありました?」

「あら? ふふ、シファちゃんは可愛いわね。お花はいいのがあったからちょっと待っててね」


 花澄は楽しそうに微笑むと店主に軽く一礼して店内へと戻っていく。


「そういえばウェインさんは……あ、固まってる」


 どうやら元の世界では見たこともない新種の花々に満たされた店内を見て、常識の許容範囲を超えたらしいウェインはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。


「……とりあえず花澄さんがもどってくるまではそっとしておきましょう。シファ、花澄さんが戻ってきたら花は私が受け取りますので、こちらの鉢を花澄さんに渡してあげてください」

「あ、昨日の夜に複製していた鉢ですね」

「はい、一つは今回の花用で、もう一つは花の代金替わりです」


 店主は自分の肩掛け鞄からさらりと二つの植木鉢を取り出すとシファへと手渡す。鞄と植木鉢のサイズに著しい違和感があるが、二人の間ではアイテムバック化した鞄は珍しいものではない。


「わかりました。でもこれって子供のベッドのような物って言っていましたけど……」

「そうですね、昨日はベッドといいましたけど地球でのイメージだとベッドというよりはコールドスリープシステムの方が近いかも知れません」

「えっと、冷やして生命活動を低下させるやつでしたっけ?」

「おぉ、よく知っていましたね。確かにそのとおりなんですが、そう聞くとまた違う気もしますね……とりあえず結論だけ言うと、これは植えられた植物をその時の状態のまま保存することができる植木鉢なんです」

「……つまり、植えたときのまま枯れないということですか?」

「はい、植えられた時点で花が咲いていれば、枯れることはもちろん花が散ることもありません。ただし、生長もしませんので種もできませんし株分けもできません」


 シファはへぇと声を漏らしつつ、抱えた二つの鉢を眺める。


「すごい植木鉢ですね。でも……ベッド、ですか?」

「植物のような特性を持つ種族の方が、抵抗力の低い子供などを急な悪天候や疫病から守るために使用するようです」

「なるほど……悪天候や疫病が落ち着くまでこの鉢で保護するってことなんですね、だからコールドスリープ的なベッドですか。これを持っていらした方もお店に?」


 図鑑に登録されている以上は現物を一度は手にしているはずだが、祖父から正式な手順でスキルを引き継いだ時に祖父が登録した品も継承しているため、今の店主が持ち主を知っているかどうかは聞いてみないと分からない。

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