第12話 あまねく商店街

この店はいわゆる下町といわれるような住宅街の一角にあり、小さな商店が十軒ほどのきを連ねている商店街で『あまねく商店街』と呼ばれている。店舗数からいうと商店街というにはやや大袈裟だが、上を見上げればこの規模の商店街には珍しく幾何学模様にも見えそうなほど入り組んだ骨組みで作られた簡易なアーケードが店の前の道路を覆っていて陽射しや雨をある程度防いでくれているため、訪れる人が一定数いる。

 立地のせいもありそのほとんどは地元の人ばかりだが、どこか落ち着く雰囲気が漂っていて居心地は悪くない。ただどの商店も半分趣味のように細々と営業を続けている状態で、どう見ても利益が出ているようには思えない店ばかりなのだが意外と繁盛しているのか、どの店もなぜか閉店することなく営業を続けているのが不思議なところだろう。

 ただ商店主たちはいずれも昔からここに住んでいて店主の祖父である友吉の古くからの友人たちであり、店主自身も小さい頃からよく遊んでもらっていたため、元気に営業を続けてくれているのは店主にとっても嬉しいことのようだ。


「おはよう、トモちゃん。今日はシファちゃんとおでかけかい?」

「おはようございます。ちょっとそこまで出てきます」

「おはようございます、房江さん。今日はお客様の買い物です」

 

 店先を掃き掃除していた向かいの洋裁店を営む房江と店主が挨拶を交わしていると、【よろず堂(仮)】の戸締りをしたシファが店主の背後から近づいて、その左腕に手を絡める。


「お仕事ついでのデートに行ってきますね、房江さん。今日はお花屋さんに行くので房江さんにも可愛いお花買ってきますね」

「そりゃ、いいね。でもシファちゃん、どうせなら仏壇に供える菊なんかがいいねぇ」

「えぇ……ちょっと房江さん。もしかしてデート中の私に菊の花を持たせて街を歩かせるつもりですか?」

「おっと、確かにそりゃデートじゃなくて墓参りだねぇ、くく、忘れとくれ」

「もう……」


 菊を持って街を歩くシファ達を想像したのか、肩を震わせる房江にからかわれたと気が付いたシファが小さく頬を膨らませる。


「さあ、行きましょうシファ。商店街の人たちと遊んでいたら冗談抜きで日が暮れます」

「おや、酷い言い草だねトモちゃん。私はあんたがこぉぉんな小さな頃から面倒見てあげておしめも取り替えてあげたこともあるんだがね」

「おお! それなら儂もある」

「なにを! トモ坊のおむつに関しては負けんぞ!」


 いつの間にかぞろぞろと店先に出てきていた文房具屋の店主と古書店の店主が房江との会話に乗っかってくる。この様子ではうかうかしているとその騒ぎを聞きつけてさらに他の店の店主も集まってくるだろう。


「あぁ……やっぱりこうなりますか」


 この流れを予測していたのか、店主は小さくため息を漏らすとすぐに振り返る。


「シファ、ウェインさん。今日は彼らに付き合っていられません。走りますよ」

「はい!」

「え? お、おう!」


 徐々に集まりつつある商店街の老人たちから逃げるように走り出す三人。しかしそれを無理に引き留めるようなことはなく温かい笑顔で商店主達は見送る。長い付き合いで孫のような存在である店主達は彼らにとってよき遊び相手。むろん店主達も遊ばれていることは承知の上で付き合って騒ぐこともあるのだが公私の別は必要だ。


「気を付けて行くんだよぉ!」


 後ろから聞こえてきた房江の声にシファが顔だけ振り返って笑顔で手を振った。


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