第11話 外出

「おぉ、これがこの世界の服かぁ……柔らかすぎて落ち着かないな、店長」


 厚手のジーンズと真っ白なティーシャツというふた昔前のロック歌手のようなファッションに身を包んだウェイン。


「ウェインさんの世界だとちょっと頼りないかも知れませんね。でも、ズボンの生地は強い素材ですし、そのシャツも柔軟性があって意外と丈夫なうえに安価なのですぐに替えられるので問題なく活動できると思います」

「トモさん、こちらの後片付けも終わりましたのでいつでも出られますよ」

「ありがとうございます」


 臨時休業にした店舗の中でウェインと出かける準備をする店主に作業を終えたシファが声を掛ける。


 結局、昨晩はウェインからの呼び出しベルが鳴ることはなく、よほど疲れていたのか店主とシファが起こしに行くまでウェインはぐっすりと眠っていた。

 起床して寝ぼけ眼だったウェインに食パンやフランスパンにハムとチーズを乗せてトースターで焼いたものと焼きソーセージに目玉焼きなどが朝食として提供されたのだが、テーブルに並ぶ品々と胃袋を刺激する匂いに一発で目が覚めたウェインは、一晩寝て疲れが解消されたこともあり日本の美味しい食事に舌鼓を打ち、驚くほどの健啖家ぶりを発揮し店主たちを驚かせた。

 

 その後、食休みを挟んでから花探しに外出するための準備をした。ウェインに翻訳効果のあるチェーンネックレスを貸与し、外出着としてジーパンとティーシャツを着せ、動きやすいスニーカーを履かせた。茶系の髪と瞳は日本では珍しくないためいじらず、やや長めだった髪はワックスをつけて手櫛で馴染ませたらラフな感じでまとまった。暮らしの中で鍛えられた引き締まった身体のおかげかよく似合っている。

 その準備と並行して、シファは朝食の片づけとウェインが使用した布団等を浄化の魔法で洗浄してから屋上に干すという作業をしていたのだが、作業を終えたというシファの報告を受け、シファに労いの言葉を掛けた店主は、外出に際しての注意事項を聞きながら自分自身の姿を物珍しそうに姿見に映していたウェインを呼ぶ。


「それではウェインさん。これからこちらの世界の花を買いに出かけますが、最後にもう一度確認しておきます。この世界に魔物はいませんし、盗賊が武器を持って集団で襲ってくるようなこともありません。ですから何かを壊したり誰かを傷つけたりする行為は厳禁です。身に危険が及ぶことはまずありませんが、何かあったとしても私かシファが必ず近くにいて対処しますので、どうしても自分で動きたくなった場合は動く前に必ず私たちに確認をしてください」

「魔物がいない世界なんて想像つかないけどさ、ここまで良くしてもらっている店長に迷惑はかけられないから、指示にはちゃんと従う。安心してくれ」

「ありがとうございます。でもそんなに固く考えなくても大丈夫ですよ、基本的には平和な世界ですから。あとは、さきほど説明した驚きそうなものだけ気にしておいて頂ければ十分です」

「わかった。とにかく慌てないように気を付ける」


 この店を運営していることで何度か異世界からの客人を外に連れ出している店主は、その際にいろいろ問題になったことをしっかりとメモに残していて、その中でもパニック率の高いものについては事前に説明するようにしている。

 その経験に基づくとパニック率が圧倒的に高いのは自動車の存在であり、軽自動車よりもワゴン車、ワゴン車よりもトラックと見た目が大きくなっていくにつれて取り乱す率が高くなっていくため、五分程度だが講習用の映像を準備して見せるほど念を入れている。


「それでは行きましょう。シファ、最後に出て戸締りを頼みます」

「りょ~かいです、トモさん」


 白いハンドバックから鍵を取り出すシファは淡い水色のワンピースを着ていて涼やかな装いである。すらりとした長身と金色の長い髪、これで麦わら帽子でもかぶっていたら夏の清涼飲料水のコマーシャル出演オファーが来てもおかしくないほどに目を引くビジュアル。そんなシファを見て一瞬だけ眩しそうに眼を細めた店主はウェインと共に店の入口から先に外へ出る。

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