第10話 常識
「私の説はあくまで仮説ですし、もしそうだったとしても別に隠していた訳ではないと思います。きっとウェインさんにとっては当たり前すぎて伝えるようなことではなかったということでしょうから」
「あ! なるほど……そうでしたね、確かにここでお仕事しているとたまにとんでもないようなことが常識になっている世界の方も来るんでした」
「そうですよ、私にしてみればシファ達が当たり前のように魔法を使うことだって常識外れもいいところです。だから、外でうっかり魔法を使わないよう極力気をつけてください」
「はぁい、心得てます」
「……はぁ、どうだか」
何度も注意しているにも関わらず、シファは外に出ると結構な頻度でトラブルを起こす。それはシファの人並外れた美貌が原因であることがほとんどのため、きっかけ自体は彼女自身に責任はない。
誰彼構わず綺麗な女性に声をかけまくる日本のチャラい男共が誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のようにたかってくるのが悪いのであって、しつこい男達を不自然にならない程度に魔法を使って撃退しているだけのシファに強く言えないところではある。
しかし、多少荒事になっても自己防衛だけを考えればスキルの恩恵を受けているシファなら体術スキルだけで対応は可能なはずで、仮に相手の体格が大柄だったり多人数だったとしても、ほんの少し身体強化の魔法をかければそれで事足りる。それなのにシファはそんな人達に触りたくないという理由で風の魔法で吹き飛ばしたり、土の魔法で足元を崩したり、雷の魔法で痺れさせたりしてしまう。やりすぎだと思わなくもないが、店主としてもシファの安全が第一のため、身を守るための使用については実質黙認状態である。
「で、それはどんな効果のアイテムなんですか?」
店主の溜息混じりの呟きを聞こえなかった振りをしたシファは店主が複製して取り出した物を手に取る。
「これはとある世界で使用されている……子供用のベッド? みたいな物です」
「え? これがベッド……ですか?」
「ええ、面白いですよね。そういう人たちが住む世界もあるんですよ」
「どんな世界なんですか? 教えてくださいトモさん」
店主はぐいっと身を乗り出してくるシファを押しとどめて、ぬるくなってきたほうじ茶を流し込むと蒐集図鑑を消す。
「植物に近い体の人達が住む世界なんですが、もう遅くなってしまいましたから詳しいことは明日にして今日は休むことにしましょう」
もともと夕食後、就寝までの自由な時間を転移魔法陣前で読書に費やしていたため既に日付も変わっている時間帯である。明日は依頼人を連れて外に出かけることも考えるとこれ以上の夜更かしは明日に差しつかえる可能性もある。
「えぇぇ! トモさんは意地悪です!」
「いつも私がからかわれていることを考えればたまにはいいと思いませんか。さ、カップは私が洗っておきますからシファは寝室へどうぞ」
「う~、わかりました! じゃあ、明日楽しみにしてます。洗い物もありがとうございます。では先に休ませてもらいますね、お休みなさいトモさん」
「はい、お疲れさまでした。明日もまたよろしくお願いします」
エプロンを外して三階の自室へと向かうシファを見送った後、店主もしっかりとカップを洗い、水滴を拭き取って棚にしまうと、大きな伸びをしてから小さなあくびを一つ漏らし、シファの部屋の隣にある自室へと戻るのだった。
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