第9話 友吉

「私も感謝していますよ。このお店にトモさんがいてくれたから毎日楽しく生きていられます。だからお爺様、ありがとうございます。ご冥福をお祈りいたします」


 マグカップを置いて手を組んだシファが天に向かって祈りを捧げるようなポーズを取るのを店主が苦笑で見守る。


「何度も言いますけど、祖父の友吉ともきちはまだ死んでいませんよ。先月、田舎で祖母とピンピンしているのを見たばかりでしょう」

「いいんです! あのセクハラ爺にはこのくらいの扱いが妥当です。絹お婆様からも許可は得ていますから」


 数年前、店主に店の権利とスキルを譲った友吉は祖母の絹と共に田舎に山を買ってスローライフを送っていた。高齢ではあるが妙に筋肉質で元気一杯な祖父、同じく高齢のはずなのにそうとは思えない程に美人の雰囲気を漂わせる絹。二人とも矍鑠かくしゃくとしていて腰も真っすぐなため心配はいらないとは思っているが、海外に拠点を置いて仕事をしている両親からの依頼で月に一度様子を見に行っている。しかしいろんな意味で元気すぎる友吉は、シファを連れて行くと隙を見てはボディタッチを試みるのでシファからは天敵扱いされている。

 最初の頃はやんわりと抵抗していたシファも一向に態度を改めない友吉に、段々と遠慮が無くなっていき、最近では老人と若い女性とは思えないような動きで攻防を繰り返しているのだが、最近一対一だと分が悪いと気が付いたシファは店主の祖母にあたる絹を味方に付けて徹底抗戦している。

 その時のことを思い出したのか、拳に力を込めているシファに店主は半ば諦めた様子でやれやれと肩をすくめる。とは言っても特殊な事情があって家族や親戚同士の付き合い経験が少ないシファは店主を含めた友吉や絹との気の置けないやり取りを楽しんでいるのを店主は知っているため心配はしていない。


「お手柔らかに」

「はい! 任せてください。次に行ったら絶対にぼこぼこにしてやりますから」


 ヤる気に満ちたシファは店主から見てとても楽しそうで、田舎の祖父母も楽しんでいるのなら問題はないかと結論付けた店主は開きっぱなしの図鑑に視線を戻し、ぱらぱらと頁をめくっていたがその手をある場所で止めた。


「うん、これを使いましょう」

「あ、ウェインさんの依頼ですね」


 今回ウェインから受けた依頼は二つ。ひとつは元の世界に戻り、ダンジョンからの脱出をサポートすること。そしてもうひとつは想い人にプロポーズするための花を手に入れることだった。


「素敵な世界ですよね。プロポーズの時に必ず花を贈るしきたりがあるなんて。ね、トモさん」


 シファが何かを想像したのかほんのりと頬を赤くしながらうっとりとしている。


「地球でいう指輪のような扱いですかね。面白いのは希少な花や新種の花など価値のある花を自分の力で準備することが出来れば、ある程度の身分差や貧富の格差を超えて結ばれることが出来るということでしょうか。もちろん互いの気持ちが向き合っていることが大前提のようですが」

「つまり、『お前のようなどこの馬の骨かわからん奴にはうちの娘はやらん』と言われたら希少な花を自力で見つけて持っていけば『なかなか見どころがあるな、娘を頼む』となる余地があるってことですよね……素敵ですけど、さすがに花一つでちょっと大げさな気もしますね」


 うっとりとした雰囲気から徐々に疑問の表情に変わったシファに店主は温かな笑みを返すと口を開く。


「もしかしたらウェインさんの世界では花の価値が驚くほど高いのかも知れません。地球で例えると宝石みたいな扱いの場合ですね。若しくは、その世界では花が何か特別な効果を発揮するという可能性も考えられますし、私たちの常識ではなんとも言えません」

「でもウェインさんはそれっぽいこと少しも言っていませんでしたけど……」


 勿論、出会ったばかりで全てを話してもらえるとはシファも思ってはいない。それでも隠し事をされていたのかも知れないと考えてしまい表情を曇らせる。そんなシファに店主は優しい表情で首を横に振る。

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