第8話 図鑑

「あっという間に寝ちゃいましたね」

「本当に限界だったんでしょう。今後の話はウェインさんが起きてからになりますから、私たちも上に戻りましょう」


 炬燵の横に敷かれた布団で大口を開けて寝ているウェインを眺める店主とシファ。

 各種石鹸で体がピカピカになった寝間着姿のウェインが入浴の気持ちよさで上機嫌で戻ってきてからここまで、ほんの十五分ほどの出来事だ。

 風呂から上がり、浴室でのことを絶賛したり、掘り炬燵の魅力に興奮したりするウェインをなんとかなだめながら、暫く絶食状態だった彼のため胃に負担をかけないように調理したお粥、卵スープ、小さく柔らかめに作ったハンバーグなどを提供。暖かい料理と立ち上る香りに、唾を飲み込んだウェインは警戒しつつもゆっくりとスープを満たしたスプーンを口に運び……。

 その後はもう店主たちが落ち着いて食べるようにという注意も耳に届かず、ひたすら料理をかきこみ、完食とほぼ同時に電池が切れたかのように炬燵に突っ伏して眠りに落ちた。

 そんなウェインを畳に敷いた布団に優しく転がし、掛布団をかけた二人は部屋の電気を常夜灯に落とし、静かに部屋を出てゆっくりと扉を閉めた。


 地下にはウェインが寝ている部屋関連とトイレと転移魔法陣がある部屋しかなく、地上部分が三階建てで店舗兼居宅となる。

 店主とシファは一階へとつながる階段に入ると地下階への扉を閉めて鍵をかける。ウェインを地下に閉じ込めるような形になってしまうが、深夜にうっかり外に迷い出てしまったりするとウェインにとっても地球の人達にとってもいい結果にはならないため仕方がない。ただし、扉には呼び鈴とその使い方を書いた説明パネルも設置してあるため、ウェインが起床して店主を探すようなことがあっても呼び出しをすればすぐに駆け付けられるようになっている。

 やや急な階段を上がると一階の半分は店舗、四分の一は倉庫、残りは休憩室があるが、すでに今日の営業は終了しているため二人はそのまま二階へと上がる。

 二階はトイレと浴室のスペース以外はリビング、ダイニング、キッチンを一つにした空間となっている。上から見るとやや縦長の敷地なのだが、奥側がダイニング、中央にアイランドタイプのキッチン、手前側がリビングとなり、店主やシファの生活空間となっていて、三階には二人の部屋と客室二つの四部屋がある。さらにこの建物には洗濯物を干したりできる屋上スペースもある。一階ごとの敷地面積はそれほど広くはないが、店主にとっては子供の頃からよく遊びに来ていた祖父の家であり、多少のリフォーム等はしているが過ごしやすい馴染の空間だった。


「お疲れさまでした。今、お茶を淹れますね」

「シファもお疲れ様。今日はほうじ茶をお願いしてもいいかな」

「はい、了解です」


 店主の言葉に笑顔で応じ楽しそうにキッチンに向かうシファの背中と揺れる綺麗な金色の髪になんとなく見入ってしまっていた店主は、視線を感じて振り返ろうとする気配を見せたシファに、なぜか妙に慌ててしまい咄嗟に視線を逸らすと誤魔化すようにリビングのソファーに腰を下ろす。別に悪いことをしていたわけではないのだが、落ち着かない気持ちを紛らわせるように手許に図鑑を呼び出すとぱらぱらと頁をめくる。

 何もない空間から突然現れたその図鑑には、実に多種多様バラエティに富んだ様々な物が載っていて、驚くことに先ほどウェインから見せてもらったばかりの品々すら既に写真と鑑定結果込みで記載されている。


「トモさん、お茶です」


 湯呑ではなく、おそろいのマグカップに淹れたほうじ茶を両手に持って戻ってきたシファが右手のお茶を店主の前のテーブルに置きながら隣へと腰を下ろす。


「ありがとうございます」

「それにしても本当に不思議なスキルですよね、それ」


 隣から図鑑を覗き込むシファから遠慮するように数センチお尻をずらした店主はマグカップを手に取りほうじ茶を一口。


「そうですね、祖父からこの店と一緒に引継いだ時は大分混乱しましたが、もともと祖父も私も蒐集癖がありましたから。こんないいスキルを譲ってもらった祖父には感謝しています」


スキルとは言葉通り『技術』という意味もあるが、ここでいうスキルは高い技術や特殊な異能を個人の能力として昇華したものであり、一部の異世界などでは一般的に用いられている概念である。そして店主が使用しているのもそういった意味でのスキルであり、先ほどより出したり消したりしている図鑑はその効果によるもの。


蒐集図鑑しゅうしゅうずかん

 触れさせた無機物を登録することのできる図鑑を出し入れできる。

登録した物を魔力で複製して取り出すことが出来る。

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