第7話 価値
メイラという名前が出たところで、にこにこしていたシファの頬が少しだけ膨らむ。
「メイラに頼む必要まではないんじゃないですか。ウェインさんの脱出は脱出用のアイテムをいくつか渡せば大丈夫だと思いますし、それなら別にメイラの楽しみを中断してまで呼ばなくてもいいと思うんですけど?」
「シファ、メイラと馬が合わないことについては、無理に仲良くさせようとはしませんが仕事については私情を挟んでは駄目です。渡したアイテムがあちらでもきちんと動くかどうかは試してみないと分からないんですから、いざというときの護衛は必要です」
シファの提案を正面から退ける店主に、シファは小さくため息をついて肩をすくめる。お人よしの店主がそう言うであろうことはシファには分かっていたのだが、シファにもシファで心の内にそれなりの事情があるのだ。
「はぁい、わかってます。それと別に私とメイラは仲が悪い訳じゃないですからね」
シファの中では脳筋と位置付けられている褐色の肌をしたアマゾネス系美女を脳裏に思い浮かべながら店主の認識を修正する。事実、豪放磊落で戦うことが大好きな彼女をシファは嫌いではない。相容れない唯一の対立点さえなければむしろ親友と言ってもいいくらいには友好的な付き合いをしているとさえ思っている。
「なるほど……喧嘩するほど仲がいいということですね」
「う~ん、まあ、そんなところです……私たちはただ、……のライバルなだけですから」
「え? なにか言いましたか」
「い、いえ! なんでもないです! それより他にはなにかありましたか」
ぱたぱたと手を振って店主の手元にある図鑑をのぞき込むシファの少し尖った耳がほんのりと赤い。
「そうですね……多分ですがウェインさんの世界の性質上、おそらくウェインさん自身も私たちより肌が硬いみたいです。そのためかシャツやズボン、肌着も柔らかいものではありません。地球や他の世界の人たちには少し使いづらいと思います。でも、以前来られた鮫頭族(こうずぞく)の方などには重宝されそうです」
「あぁ、確かにそうですね! ホージさんは肌がざらざらしてて服がすぐ破れてしまうから困るって言ってました。えっと……サメハダでしたっけ?」
シファの脳裏に先々月迷い込んできた鮫の頭を持つ、見た目は怖いけど心根の優しいお客様の顔が浮かぶ。
「そうです、よく覚えていましたね。だからこちらの服で薄くて柔らかい生地のものはウェインさんたちには合わないかも知れません。後は小道具系ですけど、水袋、背負い袋、火おこしの道具なんかも仕組みとしては目新しいものはなく一般的な物ですが、とにかく全てにおいて耐久性が高いです。やや使いにくいかもしれませんが、この頑丈さは価値があると思いますよ」
「そうなんですね。でも、新しい用途の物がないのはちょっと残念でしたね」
新しい世界の物に期待をしていたのか、残念そうな声を漏らしたシファに驚いた顔を向けた店主はぶんぶんと首を振る。
「残念だなんてとんでもない。これだけ頑丈なのに衣服などに加工できる素材は貴重ですよ。ウェイン君のシャツを地球で着れば防刃服として使えるレベルですし、革鎧の革をジャンパーやコートにでも加工すれば小口径の拳銃くらいなら貫通しない可能性もあります。警察やSP、自衛隊などがこぞって欲しがると思いますよ」
「えぇ! なるほど……確かにそれは凄いですね」
店主の説明にシファもその貴重さが理解できたのか、こくりと喉を鳴らす。
「それに今のところ生活費に困っている訳ではありませんし、この本の頁が増えるだけでも私にとっては十分な報酬ですから」
「
「いいんですよ。最終的にシファたちとこうしてお店をやれていれば私は満足ですから。さ、早ければそろそろウェインさんが戻ってきます。お手伝いしますので食事の準備をお願いします」
肩をすくめるシファに優しく微笑みながら手に持った本を一瞬で消して和室の一角に備え付けられた台所へと向かう店主。そんな店主にどこか嬉しそうに「はぁい」と間延びした声で応え後に続くシファ。
二人にとってハードカバーの写真入り生物図鑑サイズはある本が一瞬で消えてしまったことは特に気にするようなことではないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます