第5話 脱衣

「えっと……あ、これか」


 中に入るとそこは奥に長い縦長の部屋で、部屋の左半分は大きな長テーブルが占め、右半分は廊下のようなスペースになっている。右側奥の壁に扉がもう一つあるがスペース的には二畳ほどの小部屋である。後ろ手に入口の扉を閉めたウェインが周囲を見回してみると、確かに自分にも読める文字で先ほど聞いたようなことが記されている。


「えっと……これの上に、荷物を、置く……こうか。うお!」


 ウェインは説明のとおりに、持っていた革のブーツをまず台の上に置いてみた。すると置いたと同時にどこからともなくカシャリと音がしたため、思わず身構えたウェインだったが、しばらく待っても特に何も起こらず、ただ台の下から一枚のカードが出てきただけだった。


「これが言っていた預かり証ってやつか……おぉ、確かに俺のブーツが描かれてる」


 やや特殊ではあるものの機能としてみればただのインスタントカメラのような技術なのだが、ウェインのいた世界では似たような技術がなかったためどうしてそうなるのかなどは全く分からない。だが、だからこそ未知の技術にちょっとワクワクしてしまったウェインは革ブーツのカードを近くに置いてあった『カード入れ用』と書かれた小箱に入れると、次から次へと所持品を台の上に置いていった。

 ロングソード、ナイフ、革鎧、革のグローブ、インナーシャツ、ズボン、空になった革の水袋、背負い袋と中に入っていたダンジョン探索に必要な小道具のあれやこれや。


「おお、すげぇ! 確かに台が広くなっていく。これならいくらでも置けるな。なのに部屋も狭くならないとか……部屋ごと広がっているのか、これ」


 最初は面白がっていたウェインだが、最後にはあまりにも理解が追いつかな過ぎて混乱と共に恐怖も感じそうになってくる。が、長いダンジョン放浪生活で極度に疲れた頭と体ではそんな感情すら長続きしない上に、いい対処方法なども浮かぶ訳もない。結局今更どうしようもないと覚悟を決め、最後の下着を脱いで台に乗せるとカードを入れた小箱だけを持って右手奥の扉から次の部屋へと進んだ。


「ここは普通の部屋だな」


 覚悟を決めて入った部屋はウェインの目から見てもさほどおかしなところのない普通の部屋だった。

 入口を抜けた正面に大きなスライド式のすりガラスの扉があり、右側の壁一面には正方形に区切られた奥行きのある棚、棚の中には何か白いものなどがそれぞれ入っているのはタオルと着替えだろう。左側にはウェインが今までみたことがないほどに綺麗に姿を映す鏡が数枚設置されていてそれぞれの前には平机と、木製の鼓のような形の椅子が置かれ、机の上には櫛が何本も入った筒も置かれている。後は部屋の中央にやはり木製の長椅子が二つ置いてあった。


「えっと……説明は、これか」


 部屋の中を注意深く確認しつつ見回したウェインは自分が入ってきた側の壁に使用法と注意事項がかかれたプレートを見つけて内容を読む。異なる世界の人間であるウェインがあっさりと文字を読めること自体が本来不思議なことなのだが、いろいろなことがあり過ぎてパンク状態かつ疲労が蓄積しているウェインは気が付いていない。


「棚にあるタオルのうち小さいタオルを持って…………洗髪用と体を洗う用の二種類の石鹸のような液体? 普通の石鹸だけでもすげぇ高価のはずなのになんで液体? なんで二種類? まあいいけど、で……洗って綺麗になったら湯舟? お湯がたくさんあるところ? はぁ? 貴族の家なのかここ? とてもそうは見えなかったけどな…………あとは出たら大きいタオルで拭いて……このシャツとズボンを着て出ればいい、と。よし! わかった、行ってやるぜ」


 タオル一枚を持ってそう意気込んだウェインが浴室への扉を開け入っていった後、驚愕の叫びや弛緩のため息が何度も響くのだが、それが誰かの耳に入ることはなかった。


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