第3話 シファ

 ウェインの承諾に店主は微笑みつつ謝辞を述べつつ綺麗なお辞儀をする。そして頭を上げるとカウンターに置いてあったベルを軽く叩き、チン! と綺麗な音を響かせる。


「それではさっそく所持品の確認に移らせてもらいます。シファ! 商談成立したから手続きをお願いします」

「はぁい、今行きます」


 店主が暖簾の向こうへ声をかけると、まるで極上のハープのような声が返ってきて、長い暖簾の間から白くほっそりとした手が出てくる。


「おぉ……」


 思わず声を漏らすウェインを余所に白い手が暖簾をかき分け、そこをくぐるように金色の頭が出てくる。


「お客様は久しぶりですね、トモさん。コースは?」


 店主に笑顔を向けながら部屋へと入ってきたのは、長身で肩甲骨あたりまで伸ばした金色の長い髪を首の後ろで縛った透き通るような蒼い瞳の絶世の美女。薄手で半袖の淡緑色ニットと細いジーンズ、そして程よくもりあがった胸元に白字で【よろず堂(仮)】とプリントされた青いエプロンをかけている。先ほど店主からシファと呼ばれていたのは彼女だろう。

 

「こちらが今回のお客様のウェインさんです。コースは『帰還援助コースB』、オプションは『ケアサポート』、あとはサービスで『同行おみや』追加でお願いします」

「確かに大分お疲れみたいですね。詳細は明日でいいですか、トモさん」

「はい、今日はゆっくりと休んで頂いてください」


 店主の言葉に頷いたシファは、展開についていけずに椅子の上で呆然としているウェインに視線を向ける。

 

「ではウェインさん、カウンターを開けましたのでこちらへどうぞ。お風呂と着替えを準備させていただいていますので、まずは旅の汚れと疲れを落としてさっぱりしてください。その間にお食事とお荷物確認の準備をさせて頂きますので」

「へ? ふ、ふろ……ってなんだ?」

「ふふ、体を洗う場所のことですよ、どんな場所でどのように使用するかはその部屋の中に説明を記載したものを設置してありますからご安心ください」


 聞き慣れない言葉に戸惑うウェインは、自分を落ち着かせようと優しく微笑んだシファに顔を火照らせつつ、ここまで来たらビビっていても仕方がないと開き直る。


「わ、わかった。じゃあよろしく頼む」


 継ぎ目などなかったはずのカウンターにいつの間にか出来ていた通路をウェインはなるべく卑屈にならないようにと胸を張って歩く。


「はい、ご案内します。こちらへどうぞ」


 にこにこしながら軽く頭を下げる店主の前を通り過ぎ、先に暖簾をくぐったシファの後ろを追いかけて暖簾をくぐると、左右に伸びる通路があり、正面にスライド式の扉、左手側は少し行って突き当りで壁、右手側の先には開いた扉の奥に上り階段が見える。先に出ていたシファは正面のスライド式の扉を開けてウェインを待っていた。


「中に入って、こちらの三和土たたきで靴を脱いでください。この三和土には洗浄クリーンの効果がありますので一度足を着いてからこちらの畳と呼ばれる草の上にお上がりください」

「え? ……お、おう」


 扉を抜けてまずウェインを刺激したのはツンと鼻を衝く草の匂い、一瞬外に繋がっているのかと考えたウェインの視界に映ったのは彼が見たこともない景色だった。入口部分、石の玄関はまだしも、一段上がったところはなぜか床一面に薄緑色の草を編み込んだものがびっしりと敷き詰められていて、部屋の中央付近には妙に高さの低い正方形のテーブル。しかも、なぜかそこから布団が生えている。そのほかにも見慣れない道具らしきものがいくつも目にとまり、得体の知れなさからまた不安が沸き上がってくるがすぐに気を取り直してブーツの紐をほどき始めるウェイン。

 日本人からしてみれば一般的な和室の光景で、ただの畳と掘り炬燵なのだが、異世界から来たウェインにはとても奇妙な空間に見えるのだろう。過去に同じような経験をしているシファもこの瞬間は懐かしい気持ちになる。今となっては一年中炬燵を出しっぱなしにしていて、夏なのに炬燵を片付けないこの部屋に疑問符を浮かべるほどに日本に馴染んでいるが。

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