第2話 商談

「そうだったんですね、それでしたらこの【よろず堂(仮)】にお任せください。お客様の必要とするものはこちらで準備させていただきます。元の場所への帰還も請け負いますし、戻った後にダンジョンを脱出するお手伝いも承ります」


 お茶を二度おかわりして落ち着いたのを見計らって、これからどうしたいかを訪ねた店主に少年はぽつぽつと事情を語り、それを聞いた後の店主の返答である。


「え? いや……確かにそうしてくれたら俺にとってはありがたいけど、そんなのあんたになんの利益があるんだよ」

「いえいえ、勿論こちらにとっても利益のあることですからご心配なさらず。あ、私のことは『トモヨシ』、言い難ければ『トモ』でも構いませんし、『店長』でもいいですよ。あと出来ればお名前を教えていただけるとお話がしやすいのですが……もし、名前を教えることが問題のある世界の方でしたら偽名でも問題ありませんが」


 少年は一瞬きょとんとした表情を浮かべると、確かに名乗っていなかったことや、ダンジョン内では貴重である水分を分けてもらったことに対するお礼すら言っていないことに気が付く。


「名前なんか知られて問題になることあるのか?」

「そうですね、私の住んでいるところでも個人情報の取り扱いには注意が必要になってきていますし、世界によっては真実の名前を知られると呪術や魔法の対象にされたりなんてこともあるようです」

「ふうん、よくわからないけど、まあ別にいいか、俺の名前はウェインだ。今年で十八になる。あと、えっと……トモ……いや、店長。貴重でうまい水を分けてくれて助かった、ありがとう」

「ご丁寧にありがとうございます。でも、ウェインさんは勘違いされているようですが、ここは既にダンジョンの中ではありませんから水の確保には問題ありません。気になさらないでください」

「そうなのか……でも、それとこれとは別だろ。もらったことに対してお礼を言うのは人として当たり前だしな」


 そう言って、へへと鼻の下をこするウェインの表情はとても純朴で、教えてもらった年齢よりも幼く見える。ウェインのいた世界では地球と年齢を重ねる期間や速度に違いがあるのかも知れない。


「確かにそうですね。ではお礼は素直に受けることにします。それで、ここからは商談になるのですがよろしいですか?」

「あ、そうだった。確かに店長の条件は俺にとってはありがたいことばかりで嬉しいけど……俺は対価として渡せるようなお金も金目の物もほとんど持ってないぜ」


 自分の装備や所持品を軽く確認してウェインは肩を落とす。ウェインにしてみれば装備しているのは駆け出しの冒険者が装備しているような革鎧や革ブーツ、武器も武器屋で壺にまとめて入れてあるような数打ちの品で、間違っても展示棚に飾られるようなものではない。所持品も家庭で使うような火付け道具やダンジョンの最初の頃に倒した弱い魔物の素材が少しだけ。身包み剥いで全部売れば多少の額になるかも知れないが、ダンジョンを脱出できるよう取り計らってもらう対価としては大幅に足りていないだろう。

 そもそもあのままダンジョンから出られなければウェインは命を落とすしかなかった。だからもしウェインがどうしても生き残りたいと考えるのなら命の対価として、持ちうるものすべてを求められても断れないことになる。

 そして、まだ死にたくないウェインにはその覚悟もあったのだが、そうなるとダンジョンから出られても、その後の生活が苦境に立たされることになるのは間違いないだろう。


「いえいえ、ウェインさんにご負担をかけることは一切ありません。さきほどお伝えした通り、ウェインさんが所持している物を全て私に見せていただければ大丈夫です」

「へ? 見せるだけ?」


 怪訝な顔をするウェインに店主は笑顔で頷く。


「はい、きちんと預かり票などで管理して、間違いなく全てご返却いたします。お預かりしたものを破壊したり、劣化させたりもしませんのでご安心ください」

「えっと、その……それならそれで俺はいいけど、本当にそんなのでいいのか?」

「もちろんです。それでは商談成立ということでいいですか」

「…………わかった。お願いするよ」

「ありがとうございます」

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