第1話 来店

「えぇ! ど、どういうことだ? 俺は確か……ダンジョンで転移の罠に……ていうか異世界? へ? え?」


 少年は自分が置かれている状況が理解できないのか、剣を構えたまませわしなく周囲を見回している。その様子からは熟練の戦士の気配は欠片もなく、みるからに駆け出し冒険者といった風情だった。

 とりあえず三百六十度周囲を見回し、自分に声をかけてきた男の後ろ以外に出口がないことを確認した少年。荒事には慣れていないのだろう、そばかすの残るまだ幼さを残した顔に、精一杯の虚勢を込めて僅かに震える手で握る長剣を眼鏡の男へと向ける。


「こ、ここここはどこだ! おぉ、おおお俺をどうするつもりだ!」

「先ほどもお伝えしましたが、ここは転移魔法陣前【よろず堂(仮)】というお店です。無駄に長いですので仮とかは取って単に『よろず堂』と呼んでくださって構いません。あ、立ち話もなんですから、どうぞお掛けください」


 眼鏡の男、よろず堂店主は剣を向けられているにも関わらず落ち着いた佇まいを崩す気配はない。それどころかいつの間にかカウンター前に現れたごく普通の背もたれ付き四つ足木製椅子を少年に勧める。


「……わかった。話は聞く」


 少年はしばし不安げに視線を彷徨わせたあと、覚悟を決めたように店主へと視線を向けて小さく頷き、剣を鞘へと納める。そして、なるべく店主から距離を取るように木製の椅子を大きく引いて浅く腰を掛けた。

 何かあったときのためになるべく距離を取り、有事にはすぐに動けるようにと少年なりに考えた行動だろう。


「ありがとうございます。こちらへ来られた状況はわかりませんが、まずはお茶でも飲んで落ち着かれてください」


 警戒心たっぷりの少年の行動に気を悪くすることもなくにこにことしながら、どこからかポットと小さめの湯呑を二つ取り出すと、ポットに保温していた緑茶を注いで一つを少年の前のカウンターに置き、自分でもう一つの湯呑を手に取る。


「お湯はぬるめにしてありますので、火傷は心配いりませんし、変なものは入れていませんから安心して喉を潤してください」


 店主はそういうと自分の湯呑を口に運び、ぐいっと飲み干す。


「…………」


 それを見た少年は疑いつつも恐る恐る湯呑へと手を伸ばし、緑色に見える怪しい水を目視、更に鼻を近づけ嗅ぎ慣れない匂いを確認。苦渋の表情を浮かべて、そのまま湯呑を置こうとしたところでにこにこと笑いながら飲み干した湯呑を見せている店主を見て、少年は思わずごくりと生唾を飲む。そして誘惑に堪えきれず、一口……驚きに一瞬目を大きくした後は貪るように湯呑を傾けて店主にまで聞こえるほどに喉を鳴らす。


「……ぷはぁっ!」


 一気に飲み干してから大きく息を吐き出し空になった湯呑を眺めている少年に、店主はポットを持ちあげると目で「おかわりもありますよ」と伝える。少年はやや顔を赤らめつつもすっと湯呑を差し出した。


 というのも実はここに来るまで、あるダンジョンで探し物をしていた少年は絶賛迷子中だったのである。探索に夢中になっているうちに道を見失い、魔物から逃げ惑っているうちに帰り道がわからなくなってしまった少年は目的の物はおろか、外に出るための道すら分からぬままダンジョン内を彷徨っていた。

 なんとか脱出を試みるも魔物から隠れたり逃げたりしながらでは探索範囲は広がらず、結局出口を見つけられないまま時間だけを浪費。探索に持ちこんでいたわずかな携帯食料や水を使い果たし、体力の消耗も限界に近付き、注意力も散漫になってきた頃、うっかり転移の罠を踏んでしまって跳ばされた先がこの場所だったのである。

 そんな極限状態であったため、無償での水分提供には心よりも体が耐え切れなかったらしい。

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