ミオとヒメ3

 ヒメはビジネス街の奥へ奥へと進んで行く。繁華街とは反対方向となっており、人足も疎ら。こじんまりとした店が幾つかない事はないが、何処にも立ち寄る気配がない。そのまま進撃するようにヒールでコンクリートを突き刺す音を響かせながら歩き続けると、遊歩道が敷かれた長い川に出た。そこにポツンと一つ屋台を構えていたのだった。



「ここですか」



 それを見て、ミオが一言声を漏らす。



「はい。不満がございますか?」


「いえ、趣があって大変興味深く好奇心をそそられるのですが、岩永さんがこうしたお店を利用するとは意外でした」


「貴女が私の何を知っているんです?」


「ご存じないので想像を働かせたまでです」


「どのような想像を?」


「そうですね。雑誌に掲載されているような綺麗なお店などに入るイメージです」


「そんなにミーハーに見えますか?」


「というより、無難というか、外れる可能性が低いお店を選ぶように思っていました」


「……お生憎様ですね」


「はい。新たな一面が見られて大変楽しいです」


「……」




 ミオの想像はおおよそ的中していた。ヒメは本来、webで情報を確認し、比較的にポジティブ意見の多い店舗を選ぶようにしている。グルメサイトの他SNSでも調査を行い、統計データとして信用できるサンプルを集めて初めて足を延ばすのが彼女の常であった。そのヒメがこのような屋台を理由するなどまずあり得ない事であるわけだが、やはり、これには理由があった。



「どうも。二人です」


「あぁ岩永さんいらっしゃい。来てくださったんですね。ありがとうございます」


「約束しましたからね」


「あ、お知り合いのお店なんですか?」


「行き付けにしているお店の方です。この度、独立に向けての勉強ため、屋台を引いているそうで」


「そうなんですか。ご立派ですね」


「経営の事なんて全然分からないもんで、店を構えるのってのは大変だなぁと実感しているところですよ。ところで岩永さん、こちらは会社の方ですか?」


「そうですね。プロジェクトの一段階目が終わったので、少し話をしようと」


「そうですか。結構な事で。ま、座ってください。何を飲まれますか?」


「本日の日本酒で。鳳さんはどうなさいますか?」


「私も同じものをいただきます」


「ありがとうございます。本日は瀧澤をご用意してございます。柔らかく香りまして、清らかな味わいの中にしっかりとした旨味が光る逸品となっております。お値段の方もお手頃でして、出す側にしても大変ありがたい銘酒でございます。こちら、少し熱めに燗をつけていただくのが個人的に好みなのですが、いかがなさいますか?」


「それじゃあ燗で。鳳さんもそれでいいですか?」


「はい、よろしくお願いいたします」


「ありがとうございます」


「それと、適当につまめるものを二、三品」


「かしこまりました。お連れの方、苦手な物はございますか?」


「いいえ、美味しくいただけるものであればなんでも大丈夫です」


「結構でございますね。では、お作りいたしますので少々お待ちくださいませ」



 店主はタンポに酒を注ぐと火の入った鍋に浸しながら支度を始めた。狭い屋台の中で器用に手を動かし皿に彩をかざっていくと、一瞬で肴ができあがっていくのだった。



「はい、どうぞ。まずはお酒。次に山芋の短冊と、山菜のおひたし。それから胡麻豆腐です。胡麻豆腐は自家製なので、市販のものとちょっと味が違います」


「ありがとうございます」


「どうも」





 徳利と猪口が二個ずつ。そして三品の料理が並ぶとカウンターは手狭となった。酒を注ぐのも気を遣う必要がある程の余裕のなさであったが二人ともなんとか猪口を満たし、そのまま持ち上げたのだった。



「それでは、乾杯」


「……」



 ヒメは無言でお猪口を突き合わせてからグイと一口燗を煽った。そうして箸を運び、またチビと酒を舐めていく。ミオの方も同じように酒と肴を進めていきながら時折「美味しい」と感想を漏らすと、店主はその都度。ニコニコと「よかったです」と頭を下げた。




「普段はどこのお店にいらっしゃるんですか?」


「駅の方にございます。日吉という店で雇っていただいております」


「あぁ、あそこ、目の前が歯医者のところですよね。あそこ、お伺いしてみたかったんですよ」


「そうなんですか。是非ともいらしてください。だいたい私もおりますので、その際はご挨拶いたします」


「はい。今度お邪魔いたしますね。あ、岩永さん、一緒にどうですか? 狩谷さんや伊達さんも誘って」


「私は遠慮しておきます。職場の方と仲良くする気もないので」


「そうなんですか? じゃあなんで今日は誘っていただいたんです?」


「……」



 ヒメは言葉の代わりに目で返答を送った。彼女の視線には「うるさい」という意味が込められており、有無を言わせぬ圧力が感じられた。

 その物言わぬ訴えをミオは察して、更に店主と話を交わしていく。必然的にヒメは一人で酒を進めていき、ミオの二倍、三倍の速さで徳利の中身が空になってしまった。



「すみません。もう一杯ください」


「ペースが速いですね岩永さん。大丈夫ですか? もっとゆっくり飲まれた方がいいですよ」


「大きなお世話です」



 ミオの言葉を尻目に、ヒメは猪口を持ち上げて残っていた酒をグイと飲み干しカウンターに叩きつけた。随分と不機嫌なようである。



 

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