プレゼン3

 画面共有をクリックし、画面が表示されると咳払いをしてから「それでは」と口火を切った。表示されるのはスライド形式ではなくワード形式の企画書となっている。


「これよりグリーングローブ市の労働生産性向上に向けての企画をお話しさせていただきます。現状、同市の労働人口が少ない事については先程岩永さんのプレゼンでもご説明があったと思うのですが、今回私は、その“何故労働人口が少ないのか”という部分に焦点を向けて進めさせていただきます。岩永さん。何故、グリーングローブ市の労働人口が少ないのか、お答えできますか?」


「……若者が出ていくからでしょう」


「そうですね。では、何故出ていってしまうのでしょうか」


「現代的な価値観では、グリーングローブ市に魅力を感じられない方が増えているからです」


「五十点ですね」


「は?」


「昔から若い方は都会に出たいという意識があります。言葉遊びになってしまいますが、現代的というよりは先進的なものに対する憧れが強いと言った方が正しいですね。それで、昔は家や集落の関係性が今よりも深かった事と、移動するだけでも大きな労力が必要であったため憧れは憧れのままで終わる事が多かったのですが、現在は移動手段が発達して以前よりも容易に外へと出られるようになりました。結果として、近年ではずっと人口が流出してしまっている状態が続いているんです」


「そうなんですか。じゃあどうするんですか? 交通網を断って陸の孤島にでもしますか?」


「いいえ? それでは流動性がなくなってしまって解決になりません。私はむしろ、より簡単に人の出入りができるようになればと考えています」


「矛盾してるじゃないですか。それじゃあどんどん人が減っていきますよね」


「仰る通りです。そしてその矛盾点を解決していくのが、私の企画となります」


「……」



「先程申し上げました通り、若い方というのは多少の差はあれ都会での生活に憧れを持っております。昨今では情報インフラが整備されて開発された街並みを見られる機会が増えたためか、よりその傾向が顕著となっている事が伺えます。メディアでは田舎暮らしを推進するような特集が組まれておりますが、一向に地方への分散は見えず都心に人口が集中しているのが現状です。今のままでは今後ますます悪化を辿り、いずれグリーングローブ市は消えてしまうでしょう。そのためにはやはり外部から人を集めなくてはなりませんが、そこで問題が浮かびます。分かる方、いらっしゃいますでしょうか」


「……」


「……」


「……」


「……」



「反応がありませんね……伊達さん、いかがでしょうか」



「あ、今住んでいる方への配慮をしなくてはいけない。でしょうか」


「その通りです。開発を進めた結果、今住んでいる方の生活がガラリと変わってしまってはあまりに勝手が過ぎる。合併により住んでいた名前が変わり、営み方まで強制されてしまうというのは、アイデンティティの強奪に他なりません」



 この語りにヒメは食って掛かった。



「今の生活がいいというのですが。学校も病院も満足にない、今のような状況が。手軽に治療も受けられず学ぶ機会がない今の生活がいいと仰る」


「それは曲論ですね。当然、よくないに決まっています。最低限文化的な生活ができるよう、グリーングローブ市も発展していかなくてはならないとは思っています。そのうえで、住んでいる方に必要な整備をしつつ、今の環境を、魅力をどれだけ残せるかが重要な課題だと感じています」



「……」



「ここからが私の企画案の本題なのですが、まず、グリーングローブ市に農業体験、自然体験に関するイベントを恒常的に行っていきます。これについては過去に行われた事もありましたが運営の管理体制が杜撰であり失敗してしまいました。しかし、逆にいえば運営さえ機能していれば成功するポテンシャルを秘めていると私は考えます。そうして、イベントの中で定住を希望する声があれば、その方に住居と田畑を保障いたします。これにつきましては使われていない家屋と農地がございますので、それを活用していく想定となっております。また、県内外市内外の学校にも声をかけて子供達に農業体験、自然体験をしていただきグリーングローブ市に興味を持ってもらう。そうして潜在的な居住希望者を増やしてまいります」


「まるで大学生みたいな内容ですね。全て希望的な観測で確実性がないし。そんな企画案が通ると思っているんですか?」


「岩永さんの仰る通り、これだけでは労働性向上の担保はできません。なので、更に現実的なアイディアをこれからご説明いたします」


「まだ続きあるんですか」


「はい。申し訳ございませんがもう少しお付き合いただけると。あ、お手洗いとかいかがです?」


「いりません」


「そうですか。他の方も、小休止などいかがでしょうか」



 ミオの問いかけに全員が顔を見合わせ、狩谷が目配せで「続けろ」と伝えた。



「それでは続けさせていただきます。岩永さんは工業化やオフィス化を推進していく方針のようでしたが、私は現在労働の大半を担っている一次産業を更に大きくしていく形にしたいと考えております。そのために、まず県内で農業企業を営んでいる会社に土地の貸し出しをいたします。これにつきましては岩永さん同様、私も幾つかの企業様とお話をいたしまして、前向きなお返事をいただけました。また、同時に現在農業をされて生計を立てている方につきましては臨時職員として形上の雇用者となっていただき、今の生活と変わらないまま、賃金を出していただけるとの確約もいただきました。グリーングローブ市の環境を破壊せず、今ある価値を更に高めていき、長い目で人口増加を目指していくのが私の企画案でございます。こちらのメリットといたしましてはまず費用が安く抑えられる事があげられます、岩永さんの案は大変先進的で素晴らしい物でしたがコストが大変高く設定されております。資料を確認いたしましたが一部予算を超過する箇所も見受けられました。一応財源は確保されていると記載されておりますが、この見積もりではリスクが高いと判断せざるを得ません。その点、私の案ではイベント運用と企業様への出資などであり、初期費用とランニングコスト共に現実的な金額に収まっております。次に既に住まわれている方との関係性についてなのですが、開発を最小限に抑え、生活も保障する事により軋轢を抑える事も可能となっております。中には強硬に反対する方もいらっしゃると思いますが、そういった方向けのプランも用意してございます。関わる方全てが得をして損がないように調整できるのが、私の案の最大のメリットと考えております」


「随分日和見ですね。都合がよすぎる」


「誰かの不幸の上に成り立つ社会は間違っていると私は考えます。人に携わる仕事をしている以上、誰もが幸福になれる手段を探すのが正しい姿勢ではないでしょうか」


「私の企画だって誰も不幸にはしません」


「岩永さんは、グリーングローブ市へ行った事はございますか?」


「はぁ? それが今、何の関係があるんです?」


「どうですか? 行った事、ございますか?」



 ミオは笑顔だったが、瞳の中に大きな意思が存在していた。それを見たヒメは一瞬、気圧される。



「……近々、視察に行く予定です」


「でしたら、是非地元の方のご意見を伺ってみてください。それがご質問の答えになるはずです」


「……」


「以上が私のプレゼン内容となっております。ご質問等、ございますでしょうか」



 ……



「ないようですので、これにて終わりたいと思います。どうも、ありがとうございました」



 一礼をしてミオは画面共有を解除した。こうしてミオとヒメのプレゼンは終了。後は結果を待つばかりとなる。既に、決まっている結果を……

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