プレゼン1
ミオが会議室に入ると参加者は全員揃っていた。
二つに分かれた関の右奥から磯貝と戸田と伊達。そして左側にヒメという順で並んでいる。
「お待たせいたしました」
磯貝の姿を見て深々と頭を下げたミオはヒメは隣の席に座った。
ヒメは顔にこそ出さなかったが、ミオが着席すると少しだけ椅子を反対側に寄せた。
「それでは弊社側全員揃いましたので、話に入りたいと思います。まず磯貝様、この度はお忙しい中、弊社の会議に参加いただきありがとうございます。本来であれば既に業務に着手していなければならないところ、進捗が遅れてしまっており申し訳ございません。ただ、このプロジェクトにつきましては弊社の持ち出しでバッファを設けており、時間的な問題は現状発生しない見込みとなっておりますので、ご安心いただければと思います」
狩谷が建前上の謝意を述べると磯貝は形式的に頭を下げて「こちらとしても慎重に検討していただけているようで大変ありがたい」といった社交辞令を述べた。どちらも本心では別の事を考えているだろうがお互い様であるし大した問題でもない。こういったやり取りにおいて、半笑いで「本当にそう思っているのかな?」などと口にする中年の管理職が時折見られるが、そういった人種は幼年期の万能感が拭えない思慮にも配慮にも欠けた害悪であるから、聞くは話半分。話しは合わせる程度で十分である。まともに相手をしても時間を無駄に労するだけの結果となるため真面目に取り合ってはいけない。ただ残念なことにこういう人種は不思議と出世し上司となる可能性がある。狩谷や戸田の場合はその辺り弁えている方なので、ミオとヒメにとっては幸運だったろう。
「それでは本日、企画案をプレゼンする二名をご紹介いたします。とはいっても、磯貝様につきましては既に二人ともご存知とは思いまが」
“あはは”表記するような作られた笑いが湧く。薄ら寒い光景だが、会議とはこういうものである。
「こちら、向かって左から鳳でございます」
「お世話になっております。鳳でございます。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「その隣が岩永でございます」
「お世話になっております。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「はい、ありがとうございます。また、もう一名、私の隣におりますのがこのプロジェクトに関わっている伊達でございます。伊達は本日、会議の議事録を記載いたします」
「お世話になっております。伊達でございます。何卒、よろしくお願いいたします」
「お願いいたします」
「はい、それでは、何もなければ早速この二名が作成した企画書を見ていきたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「一点よろしいでしょうか」
「はい。勿論でございます」
「そういえばお伺いできていなかったのですが狩谷さん、複数案を社内で競合検討するに至った背景をお聞かせいただいてよろしいでしょうか」
「はい。こちらご説明できておらず申し訳ございません。本プロジェクトにつきましては、本日参加しております鳳と岩永が非常に優秀でして、どちら主導で進めるのかマネージャー層、レイヤー層で意見が割れてしまいました。本来であれば適材適所や実績で判断すべきところなのですが、幸か不幸か両者共に甲乙つけがたく、それであれば企画内容を通じてこのプロジェクトに対する理解度を鑑みて推し量りたいと考えたいといったところが、今回社内コンペといいますか、企画会議を開いた背景でございます」
「なるほど、よく分かりました。まぁお二人とは私自身、何度かご一緒にお仕事をさせていただいておりますので、大変頼り甲斐のある方々というのは十分承知しております。確かに、どっちかに任せるとなるといい意味で迷ってしまいますね」
「恐れ入ります。そういっていただけると大変助かります。二人供私より遙かにできる社員ですので、余計に迷ってしまいますね」
再び形式的な笑いが起きた後、一瞬の静寂を置いて話は進む。
「では、他にないようでしたら進めさせていただきますが……」
「そうですね。それではお願いいたします」
「かしこまりました。では最初に……どちらからやりますか?」
「それでは私から始めさせていただきます」
ミオが言葉を挟む余地もなく、ヒメがさっさと手をあげた。
「鳳さん、よろしいでしょうか」
「はい。私は大丈夫です」
「ありがとうございます……では、始めさせていただきます。こちら、資料をご用意いたしました。磯貝様には先日お渡しいたしましたが、幾つかブラッシュアップした点がございまので、今一度ご確認いただけますと幸いでございます」
「はい。ありがとうございます」
「……」
ヒメの言葉は磯貝ではなくミオに対して向けられた言葉であった。「貴女が田舎に行っている間に私は先に進ませていただきました」と、そう言っているのだ。既に勝負が決まった戦いであると誇示し、精神的優位性を持とうと敢えて一言添えたのである。
彼女はその時のミオの表情を眺め内心で高笑いをしたかったのだろう。しかしヒメはミオを捉えた瞬間、彼女の方が一瞬、RNで最後に見せたような顔となったのだった。苦々しく、苦悶に満ちたような。
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