コンペ当日3
彼女とて人間であり毎日いつでも愉快な気持ちでいられるわけではない。時に泣きたくなるような日もあれば、時に怒りに震える日もあるだろう。しかし、ミオはそうした不調を会社内であまり見せた事がない。いつ何時でも笑顔でハキハキとして、それでいて他者の気を遣いながら、常に損な役回りを引き受けている。そしてそれを誰もが当たり前と思い、次第によっては皮肉や嫌味をもって報われる事もある。
彼女はいつも泥を被っていた。被り続けていた。だがそれでも、彼女は笑顔なのだった。
ミオは幼少期から容姿について嘲笑されていた。不細工と罵られ、常に揶揄いの対象として生き、誰かから侮辱されていた。子供の事は涙を流し、出生を呪った事もある。しかし、いつから彼女は……
「鳳さん。会議室空きました」
慌ただしく一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、三時間が過ぎ、四時間が過ぎようとして、プレゼン時間三十分前となったところで、伊達がミオのもとにやって来てそう告げた。
「ありがとうございます。もう少ししたら向かいますね」
「お願いします。あぁあと今日なんですけど、都市開発の人が来るみたいですよ」
「え? クライアントの?」
「はい」
「なんででしょうかね。社内コンペなのに」
「なんか、実際にどういう内容なのか確認したいと仰ったらしいです」
「どなたがいらっしゃるんです?」
「えっと、すみません忘れちゃって。チャット見ます。ちょっと待ってください……あ、磯貝さんという方みたいです」
「誰から発信されたんですかそれ」
「狩谷さんです」
「……そうですか」
「この磯貝さんがみえてからスタートするそうですよ」
「分かりました。伊達さん、クライアント用のお茶の用意は大丈夫ですか?」
「今から買いに行くところです」
「磯貝さん、コーヒーとか紅茶とか飲めない方なので、麦茶とお水を買って選んでいただいてください。できれば小さいペットボトルのやつで。なければ仕方ないですけど」
「ありがとうございます。ご存じなんですか? この磯貝さんって方の事」
「何度かご一緒にお仕事をした事がありますよ」
「そうなんですね。すみません、参考までにどういった方なのか教えていただいていいでしょうか。僕、初めてお会いするもので」
「そうですね。基本的に仕事はしっかりされる方ですね。ビジネスライクですがこちらの意向や事情も汲んでくれる方ですから、特に気にせず普通に応対さしあげれば問題ないと思います」
「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ、買ってきますね」
「はい、よろしくお願いします」
伊達が去った後、ミオは考え少し考え込むように目を空へやった。
「あ」
そして、一字呟き目PCを操作する。社内申請一覧。『会食・接待』項目。岩永ヒメ。相手は……
この時、彼女は磯貝の参加が何を意味するのか察したのだった。全てが既に決まっていて、自分が何をしたところで無意味であり、これまでかけてきた時間が徒労に終わるという事を。そして、だからといってどうしようもないという事を。彼女は自身が当て馬であると理解しながら、逃げる事も投げ出す事もできずに、惨めに見世物としてプレゼンをしなくてはならない。明確な理由もなく勝手な都合でアサインされたプロジェクトで、わざわざ数時間もかけて出張し、そこで酷い目に遭ったにも関わらず。
「……」
ミオは椅子にもたれかかりしばし脱力した。理不尽。不条理。自分の力ではどうしようもできない世の無情。そういった不合理が寄って集ってミオに押し寄せて打ちのめした。無気力となるのも仕方のない事で、それを否定するなどできはしない。
ヒメを批判しようにも出来レースであるという証拠も根拠もないし、誰に何を言おうがコンペを持ちかけたのは彼女自身である。ミオの要求、要望は「自分の蒔いた種」の一言で片づけられ否決されるだろう。その種を蒔かせたのは、蒔かざるを得ない状況になったのは誰のせいか分かっていながら。
「鳳さん」
ミオを呼ぶ声があった。戸田だった。彼は鎮痛な面持ちだった。
「どうかな。順調ですか」
「そうですね。資料に問題はありません」
「ありがとうございます。何か懸念等はありますか?」
「いえ、特に。磯貝様がいらっしゃるので、緊張しないか心配ですが」
「今更緊張なんてしないでしょう。磯貝さんとは何度も仕事しているし」
「そうですね。頑張ります」
「忙しい中色々と押し付けてしまってすみません。どうですか? このプロジェクトが一段落ついたら有給を取られてもいいんじゃないですか? 短期間に詰め過ぎて疲れたでしょう」
「考えておきます。でも、休みを取っても特にやる事がないんですよね」
「酒なら付き合いますよ」
「戸田さん。いつも“もっと美人と飲みたい”って文句言うじゃないですか」
「そうですっけ」
「そうですよ。私、綺麗なのにそんな事ばっかり言うんだから」
「まぁ顔の事は置いておいて、考えてみてください、有給。どの道、年五回は消化しないといけないんですから」
「……そうですね。検討いたします」
「はい。それじゃあ、プレゼンお願いしますね」
「分かりました」
戸田が去っていった後、ミオは立ち会がり会議室へと向かった。結果が決まっているコンペのため、プレゼンのために。
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