一緒

「それは全面的にお前が悪いな」



 ひとしきり相槌を打った後、エットは六杯目のポルフィディオ・アネホを口にしてから声を這った。



「はぁ?」



 ヒメはまったく納得いかないという風に怒気を込めて聞き返す。美人だろうがなんだろうが怒りというのは恐ろしく、鬼や蛇といった潜在的な恐怖心を誘発する表情を見せられるとどうしても怯んでしまうものだ。実際過去に彼女の逆鱗に触れた人間はこぞって震えあがりなす術もなく謝り倒していたが、エットはむしろ望むところだと言わんばかりに堂々としているのだった。



「まずやり方が気に食わん。相手が正攻法で真っ向勝負してくるというのに、お前は搦手を使ってコンペの公平性を破壊している。頭がいいくせにどうしてそんなセコイ真似をするのか分からん。正々堂々と受けて立てばいいだろう」


「元々あの案件は私が取り仕切るはずだったんですけど。セコイのはあっち。私は理不尽に降ろされそうだったのを防ぐためにできる事をやっただけ」


「なるほど。という事は、お前は実力で相手の女に勝てないと思ったわけだ」


「そんな事誰も言ってないでしょ。私があんな女に負けるはずがない」


「ではどうして反吐を催すような男を相手に接待なんぞしたんだ。根回しをしておかなければならない状況だったからじゃないのか」


「万が一を考えて保険をかけただけ。別に私が負けるとは思えないけど、上司があの女と仲がいいから、情に絆されて向こうの案を採用しないとも限らないでしょう」


「お前の根回しに反対もせず接待にもついていった上司がそんな真似するかね」


「しないとも限らないでしょう。私なんてただでさえ顔がいいからっていってやっかまれているんだよ? 私は選ばれたら裏で何かあったんじゃないかって噂が広まりかねない。世間体を気にして不細工な方に任せるなんて事も十分考えられるわけ。お分かり?」


「分からんな。話しを聞く限りお前の上司は合理的な物の考え方をしているように思える。世間体だのなんだのより業務効率を優先している印象だ。違うか?」


「それは……そうだけど……」


「とすると、やはりコンペは完全にフラットな目線で評価するはずだ。第一、世間体を気にするのであれば初期の段階でお前をメインに添えるような事はしなかっただろう。お前だってそれは承知のうえなんじゃないか?」


「……」


「話を戻すぞ。お前は社内コンペにあたり不正な手段を用いて勝ちを取りに行った。そうせざるを得ない状況だった。ここまでに相違はないか?」


「ある。今日の根回しは不正でもなんでもなく、不当に立場を奪ったあの女への報復の代わりとしてやっただけ。仮に対等な立場でやったとしても負けるわけがない」


「なら全てお前の言う通りだったとしよう。しかしそうなると、ますますお前が悪い事になるぞ」


「なんで?」


「お前は顔がいいからだ」


「……聞いて損した」


「まぁ最後まで聞け。顔がいいという事は、あらゆる事象において下駄を履かされるという事だ。お前はそれを嫌がっているが、そういう風になっているのだから仕方がない。俺達は人より有利な立場に立っているんだ。お前はそれを理解しながら、他人より不利な立場に置かれる不細工な女を徹底的に潰そうとしている。なんと醜い。お前は生まれ持った美貌がありながら、持たざる者を蹂躙しようとしているんだ。惨い。無惨過ぎる。俺は正直がっかりだよ。お前がそんな暴挙にでるなんてな。どうして自分を受け入れて生きていけないんだ。せっかくのいい顔がもったいないぞ」


「好き勝手言ってくれるけどね。いつもいつも“顔がいいから”で済ませられる私の気持ち考えたことある? なにやったって認められない。教授に取り入っただの、上司に媚びているだの。取引先に色目をつかっただの。やってられない。あんたはそれを仕方ないって言うけど、そんなの不公平でしょう。私はいつだって真剣に頑張っているんだよ? それがどうして評価されないの」


「評価されているからプロジェクトのメインメンバーに選ばれたんじゃないのか?」


「その結果がブサイクの引き立て役ってんじゃ、笑えないね」


「お前はなんでその不細工な女が嫌いなんだ?」


「気に入らないから。いつもいつも人に頼られて、なんでも安請け合いして、“全然大丈夫ですよ~”なんてヘラヘラしてさ。私だってあれくらいの仕事できるのに、あいつばかり評価される。おかしいじゃないそんなの。私が美人で損しているのと反対に、あの女は不細工ってだけで好評を得ているんだから。納得いかないのも当然でしょう」



 苦々しくそう捲し立てるヒメは延々とピスタチオの皮を外し実と分けていたが、酒の存在を思い出したのか、ウェットタオルで手を拭き、半分ほど残っているラフロイグソーダに手を伸ばす。

 その際、エットが問いを投げかけた。




「……お前、気付いているか?」


「なにが?」


「今のお前、お前がこれまでされてきたのと同じように、その不細工の女を顔で判断して批判しているぞ」


「……!」



 その瞬間、ヒメは口元まで持っていったラフロイグ勢いよくカウンターに置き立ち上がった。



「帰る」


「は?」


「付き合ってらんない」


「ちょっと待て、会計……」



 エットが止めるのも無視してヒメはエレベーターに乗り込み下降していく。一人リフトの中、彼女はむやみやたらに頭を掻き毟り悲鳴をあげた。絶叫に近い、悲痛な叫びを。

 しかしその声は誰にも届かず、ずっと、彼女一人しかいなにエレベーターの中に残り続けるのだった。彼女の苦しみが、誰の耳にも入らず、理解されなかったように。


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