フィードバック2
「岩井さんのお宅でも少し話に出ましたが、農業用の土地や山の区画は売るのに手間がかかりますからね。それに、売れたとしてもそこまで大きな値はつかないと思いますし、余裕を持ったセカンドライフを送るというのは難しいでしょう」
「うちでやってる農業のインストラクターとして雇えないんでしょうか。そうすればあの人達も辺鄙な陸の孤島から脱出できますし」
「一名二名ならいいかもしれないですけど、それは蜘蛛の糸と同じですよ。あと、伊達さんは前提が間違っています」
「前提ですか?」
「そうです。今住んでいる方の多くは、グリーングローブ市から出ていきたくはないんですよ」
「えぇ? あんなところなのに?」
「伊達さん。言葉は慎みましょう」
「すみません……」
「……今日、駅の喫茶店でおばあちゃんの娘さん……サトさんに会ったじゃないですか」
「はい」
「一年前にあの人、“こんな場所だけど、出ていけないのが憎い”って仰ったんですよね。ご本人は“つい言ってしまった”って顔していましたが、なんだかんだ言って、住んでる人はあそこが好きなんですよ」
「……」
「やっぱり皆さん、思い入れがあるんです。自分の生まれたところですから。そこを簡単に壊したり開発したりするのは避けたいんですよ。やるにしても徐々に、時間をかけてゆっくり、テセウスの船のように作り替えていく必要がるように私は思います」
「開発事態に反対ではないんですね」
「現状維持というのは現実的に難しいですからね。今のグリーングローブ市は向かうのは勿論、市外に出る事も難しいです。最初の課題は交通網を整備して流動性を持たせる事だと思います。気軽に出入りできるようになれば、移住のハードルも下がりますし」
「でも、そうなるとあの山道をどうにかしないといけないですよね。地盤もあまり頑丈じゃなさそうでしたし、既存のルートを補強するくらいしか手はないんじゃないでしょうか」
「確かに新たな道路を作るとなると地質調査の他にも地盤補強等の工程が多く発生する可能性が高いので、コスト的に即決するのはほぼ無理かなと思います」
「となると、流動性向上による問題解決は無理なんじゃないんですか?」
「いずれ可能性はありますが、しばらくは無理かもしれません。今回のプロジェクトの規模感からも大きくずれてしまいます。ですが、それはあくまで新規道路開発についての話。他の方法なら可能と、私は考えます」
「他の方法?」
「はい。ロープウェイです」
「ロープウェイ……」
「そうです。グリーングローブ市の周辺は確かに緩い地盤となっていますが、局地的に硬質な箇所もあるんですよ。これは渓流と地形によって生じる違いなんですが、ルート自体は確保できそうで、名前は出せないですけれど地元鉄道会社に水面下で交渉しているところなんですよ。土砂崩れ等のリスクについて大きな懸念があるとの事でしたが、こちらに関しては既にリスクヘッジ案を共有済みですので、問題がなければ意外とスムーズに開発が開始されるかもしれません」
「そんな事してたんですか」
「はい、もともとこのプロジェクトが始まる前からグリーングローブ市の問題はなんとかしたいと考えていましたので」
「凄ですね。なんか、スケールが違う気がします」
「そんな事ないですよ。できそうな仕事をできるように実行しているだけですから」
「いや、僕にはとてもできないですよ……本当に脱帽です……ん? でもだったら、なんでこのプロジェクトのアサイン渋ったんですか? そこまでやっているなら、自分から手を挙げるくらいしてもよかったんじゃないですかね」
「ロープウェイ案はまだあくまで企画の段階ですし、そもそも連動しているわけでもないので。それに、他の方の機会を奪うような真似をするのも気が引けたんですよね」
「すみません……僕が不甲斐ないばかりに……」
「あ、そういう意味で言ったわけじゃないので気にしないでください……あぁ、でも……」
「でも?」
「岩永さんには少し申し訳ないですね。業務命令とはいえ、最初は彼女がメインで進める予定だったんでしょうし」
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ、結構滅茶苦茶な事言われていたのに、そんな風に思えるのって、やっぱり凄いなと思いまして」
「当然じゃないですか。前にも言いましたが、私は美人ですからね。ある程度は寛容にならないと」
「そうですか」
「そうです」
さも当然のようにミオは胸を張ってジョッキを空にした。つられるように、伊達も一気に喉を鳴らし「はぁ」と、溜息とも余韻ともつかぬ声を漏らす。
「何か飲みますか?」
「あ、そうですね……じゃあ、この“つるれい”を……」
「
「あ、はい」
ミオはいつの間にか運ばれてきていたホタルイカの沖漬けを一口摘まんで呑み込むと、「すいません」と店員を呼び、鶴齢とメーカーズマークのハイボールを注文。伊達に向き直って身を乗り出した。
「伊達さん、日本酒好きなんですか?」
「というより、実はあまりお酒に詳しくなくて、目に入ったものを頼んだ感じです」
「そうなんですね。私、いい日本酒バー知ってるんですよ。今度行きましょう」
「あ、そうですね。是非とも」
返答する伊達の声は少し上ずっていた。
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