フィードバック1
「はい、生二つお持たせいたしました」
「ありがとうございます。あと、ホタルイカの沖漬けとブリ大根と、モズクの天婦羅と、ミミガーください」
「はい、かしこまりました」
注文を聞き店員が怠慢な動きで去っていくと、ミオと伊達はビールジョッキを掲げた。
「はい、では、お疲れ様でした。乾杯」
「あ、乾杯です」
ジョッキを叩く音が控えめに響く。場所は大衆居酒屋。平日の早い時間だが客足はそこそこで、スーツ姿のビジネスマンや学生達が酒盛りをしている片隅にミオと伊達は夕食兼簡単な打ち上げを行うのだった。
「伊達さん、どうでしたか? グリーングローブ市は」
「そうですね。簡単に言うとカルチャーショックは受けました。すぐ近くにあんな秘境があったのかという点と、人が良くも悪くも特徴的でした」
大分言葉を濁しているが、伊達は良くも悪くもの悪くの部分を特に言っているようだった。賛否が分かれるとか善し悪しとかお茶を濁したような表現というのは往々にして批判的な言葉の隠れ蓑となる事が多い。どれだけ憎悪を燃やしたとしても声を大にして「嫌い」と評するのは中々できる事ではない。
「なるほど。どういった特徴があると思いましたか?」
「友好的な方も排他的な方も距離感が近かったように思えます。壁がないといいますか……」
「そうですね。お手伝いさせていただくという立場もあるのでしょうが、皆さん私達に対して気軽に話しかけていただけますので、こちらも事情を伺いやすですね」
「とはいえ最後のあの二人はないと思いますよ。全部嫌がらせだったじゃないですか」
最後の二人というのは勿論植木と柏木の事である。伊達は帰りの道中でもこの二名についての批判を試みていたが志半ばで挫折。行きと同様、車酔いにやられたのだ。
「まぁ気難しい方々なのは確かですね。だからこそ我々がサポートして円滑に働けるようにしないといけないんです」
「釈然としませんね……」
「愚痴を言うのもいいですが、あまり建設的ではありませんよ。酔ってしまう前にもう少し話を詰めましょう。他に、なにか気付いた事はありませんでしたか?」
「他は……そうですね……仕事がないとはいいながらも、一次産業に従事している方が多かったとかですかね」
「そう、それです。それこそがグリーングローブ市の一番の問題なんですよ」
何気ない伊達の一言だったが、それにミオは食いついた。
「どういう事ですか?」
「現在グリーングローブ市は労働生産力が低いとされていますが、実は働いている方はちゃんといるんですよ。伊達さんが仰ったように、あの辺りのほとんどの方は一次産業に従事されておりまして。元気に作業されているんです」
「へぇ……じゃあ、なんで労働生産性の向上プロジェクトなんて立ち上がったんですか?」
「労働生産性が悪いからです」
「でも、皆さん働いているんですよね?」
「理由を説明します。まず、機械化や法人数経営が増えているため、相対的に収穫量が減少しているというのがあります。皆様個人農家でやってらっしゃるので、どうしても生産管理に限界があり、需要に対しての供給が追い付いていないというのが現実ですね」
「でも、それってどこも一緒なんじゃないですか? 言っちゃ悪いんですが、グリーングローブ市みたいな田舎ってそこらじゅうにあるような気がしまして、あそこだけ極端に低いというのも何か変な気がします」
「そう、よくあるんですよ。ですが致命的に問題となっている点があるんですよ」
「なんでしょうか」
「まず合併です。面積が広くなり人口が増えた結果、供給過小が如実に影響し母数の増加に反比例して生産性が数値上一気に下がってしまったんです。当初は働き世代が家業を継いだり地元の企業が林業をするだろという期待があったんですが、若い人たちはどんどんと市外県外へと出ていき、林業も外部業者に切り替わって市の産業力が一気に停滞してしまったんです」
「林業はどうして外部に委託する事になったんですが?」
「談合です」
「……」
「国で都市開発を担当している部署があるんですが、そこにいる偉い方がまぁそういう感じの方でして、健全ではない取引をされたようですね」
「そうなんですか……闇ですね」
「面白いのが、今回のプロジェクトも同じ方から降りてきたんですよ」
「……大丈夫なんですかその人」
「どうでしょう。でもまぁ、握りはしっかりしているので、業務さえちゃんと遂行していればとりあえずは文句を言ってこないと思います」
「はぁ……」
「それと、もう一つは既にお伝えしていますが、周りに何もない点ですね。交通の便も悪いので、若年層や働き世代は移住してしまう傾向が強いです」
「なるほど……」
「あとはインフラの整備が不十分だったり雨や雪などの自然災害による被害も結構な頻度で発生しているという事もあげられます。天候は直で一次産業に影響が出るので、ただでさえ低い生産力が更に下回る事になりますね」
「聞けば聞く程難しい気がしますね。やっぱり林を切り開いて発展させていくしかないんじゃないでしょうか」
「……伊達さん。伊達さんは川垣で何を見たんですか?」
「何と言われましても……先程言った通りで……」
「あそこに住む方と話をして、何も感じませんでしたか?」
「……」
伊達は考えるように唸り泡のなくなったビールをグラス半分くらいまで飲んで答えた。
単純に「嫌な奴らでした」と答えてもしょうがないという事は理解しているようである。
「皆様、住んでいる土地から離れられないとかでしょうか」
「その通りです。よかった、ちゃんと視察していたんですね」
ミオの発言は若干小馬鹿にしている風にも取れるが、伊達は気にもせず「ありがとうございます」と頭を下げた。
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