醜い人3

 以降会話は控えめ。集中して作業に取り組む。

 もくもくと作業をしていき、いい塩梅に障子に紙を貼り終える。後は乾かして元の場所に嵌め込むだけである。しかしその乾かす時間がくせもので、いくら清掃用に少量沁み込ませただけとはいえ、水を吸った木材から完全に水気がなくなるまでしばらくかかる。その間立ち尽くしているのは浪費意外の何者でもなく、心無い人間に目撃されれば「税金泥棒」と揶揄されかねないため、ミオと伊達は乾燥を待つ間に柏木の元へと向かったのだった。





「あんたがいい加減な修理するもんで屋根が腐っちゃったに」



 柏木は開口一番そう言うと、そこからクドクドと自分語りを始めた。自分がどれだけ苦労しているか、不当な扱いを受けているか、世の中は理不尽であり自分はその被害者であるとか、ともかくずっと、「社会のせいで自分は何も得られなかった」というルサンチマンが展開され続けていった。

 これに対しミオは、「私どもの力が及ばず大変申し訳ございません」と平身低頭の姿勢を崩さず聞き手に回る。立場もあるが、被害者意識のある人間に「お前の意見は間違っている」と言っても聞き届けられる事は稀であり、非建設的な口論になるだけだ。黙って聞いている方が合理的である。





「ともかくね。あんたらや国は俺らみたいな弱者に対して何もしてくれない。何かあれば自己責任。じゃあ国はなんのためにあるんだ。個人を守るためにあるんじゃないのか。公務員に使う金があるならもっと俺らに回してほしいもんだね」


「そうですね。現状、人権を疎かにし、権利を侵害している部分もあるのかもしれません」


「かもしれないじゃなくて、そうなの。俺達は使い潰されてポイよ。ゴミと一緒。上の連中はそんな考え。自分さえよければいいっていう自分勝手さで、金の事しか頭にないんだから。いいね、有権者から集めた金で美味いもん食って、いい酒を飲んで。あんたらも一緒よ。俺らみたいな人間が必死に稼いだ金が、あんたらにもいっとる。その綺麗な服も、もとはといえば俺らの金で買ったもんや」


「はい、立場を弁え、皆様のお気持ちを尊重し、襟を正していきたいと思います」


「そうやって役人みたいな事を言って、結局なにも変わらんのや。それやったら俺の家を建て直してくれよ。雨漏りせんように。あんた、こんなボロボロの家に住んだ事あるか? 俺だってよ、好きで住んでいるわけやないて。こんな家にしか住めんからここにおるだけでよぉ。あんたらはアレかい? 綺麗なマンションによぉ、広い部屋に住んどるんかい? 羨ましい。いいなぁ、雨漏りなんかせんのやろうなぁ。取り替えるか? 住む場所」


「申し訳ございません」




 こんな具合である。

 柏木が一方的に文句を述べてミオがそれに応えるというやり取りが三十分続き、一時間続き、いい加減ネタが尽きてきたところでようやく屋根の話となる。柏木は「無料で直せ」の一点張りであったが根気よく丁寧にできない旨を説明。それでも折れず更に一時間経過した頃になんとか話がまとまりミオ達は解放されたのであった(最終的に「話にならない」と柏木が結論付けただけなのだが、それは彼が自身の論拠が成立しないと認めたと同意であるため、まとまったと形容しても差し支えない)。

 長々と不毛な応対の後は植木の宅に戻り乾かしていた障子を戻す作業に入る。具合良く乾き、汚れが拭われ障子は見違える程であった。




「植木さんお邪魔しますね。障子、もう大丈夫ですよ」


「なんだ、一枚だけかね。俺は全部やってほしかったんだけども」


「あ、そうなんですか。申し訳ありません。ちょっと時間がなく」


「そんなの知らんよ。市民のために働いてよ。それが姉ちゃん達の仕事でしょう」


「申し訳ありません。次回対応いたしますので」


「次回っていつよ。有耶無耶にしようたって、そうはいかんでよ」


「確約はできかねますが、近い内にまた参ります」


「そんな事言って、来ないつもりやろ」


「そんな事ないですよ。私が植木さんとの約束を破った事がありますか?」


「これは約束じゃなくて仕事やろ。あんたら俺らのために働くのが仕事なんやろ? そやったら、ちゃんとやってくれな困るに」


「申し訳ありません。本日は帰らないと、明日も仕事がありますので」


「こっちだって仕事はあるよ」


「存じております」


「だったら、全部やってくれんかね。仕事に差し支えるから」


「次回必ず対応いたしますので」


「あんたも分からん人やね。俺は今やってくれって言っとるの。次とか後日とかじゃなくて、今日。いい?」


「すみませんがスケジュールが埋まっておりまして」


「だったら空けてくれればええに。困っとるんやて」


「他にも困っている方がいらっしゃるので、すみません」


「あぁ? なに? 俺の事は二の次三の次って事?」


「皆様平等に対応したいと思っております」


「やったら俺の障子も全部平等に掃除してよ。一個だけ綺麗にするなんて不公平やないかい?」


「次回、対応いたします」





 植木との会話も、最終的に「話にならない」という事で落着となり二人は解放された。時刻は夕方。残り一本のバスにギリギリ乗り込み、ミオと伊達は川垣の地を後にするのであった。


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