醜い人1

「こんにちは」


 岩井宅を出た二人は一通り集落を周り植木の宅へとやって来た。ここで障子を張り替えた後、柏木という男のもとへと向かい同市が住む天井について話をすれば今回の視察は完了となる。



「あぁ、遅かったね姉ちゃん」


「すみません、確認する事があったもので」


「ぶらぶら歩いて給料が出るなんてまぁ羨ましいね。俺なんかこの歳になっても毎日畑作業しなきゃなんねぇってのになぁ」



 攻撃的な意図が明確にある言葉の暴力がミオに向けられたが、彼女の表情は変わらなかった。



「そうですね。年中作業をされている農家の方には頭が下がります。そうだ、この前、地場産市で植木さんが栽培されている人参が売っていましたので買わせていただいたんですが、すごく美味くって、知人に勧めさせていただいたんですよ」


「そうかい。あぁいう催事も考えてほしいね。いくら卸してもこっちには雀の涙くらいしか入らんのだわ。せっかくいい物作っても儲かるのは組合とあんたらみたいに机でカタカタパソコン弄ったりほっつき歩いたりする人間だけよ。馬鹿馬鹿しくってねぇ。やっとれんよ」


「そうですね。一次産業の価値は見直されなくてはいけないと思います」


「いうだけはタダやけども、あんたなんか、なんもしとらんでしょう。こっちはね、生まれた時からずっと百姓百姓と馬鹿にされて蔑まれてきとる。いい野菜ができても金は取れん。作り過ぎたら破棄せにゃいかん。不作で値段を上げたら文句を言われる。いっつも泥を被って、なぁんにもいい事ない。その点姉ちゃんはどうだい。毎日椅子に座って、たまにこうしてやってきては歩き回る。それの何が仕事なんや」


「仰る通り、私達の業務におきましては農家の方と比べるべくもありません。ですが、微力ながらお手伝いできればと考えております」


「そうですか。なら、障子の張替え、よろしくね。それにしても、寄越すならもっと綺麗な女にしてほしいよ。それなら留飲も下がるってのに、どうして姉ちゃんみたいな不細工なんだろうね」


「ちょっと、貴方それは……」



 容姿を批判する言葉に伊達が反応するもミオは一瞥してそれを止める。だが、それをいい事に植木は差別を続けるのだった。



「なんだい、不細工に不細工って言っちゃいけないってわけでもないだろう。兄ちゃん、あんたもそう思っているだろう? なぁ」


「そんな事は……ありません」


「隠さんくてもええて。みんなそうなんやから。聞いたけれども、あんたらさっき岩井さんとこ行ってたんやって? あれも人がいいからなぁ。面と向かっては言わんけども、酒の席なんかはでは姉ちゃんの面についてよぉ口が回るんよ。“あの子も顔がなぁ”なんてなぁ。世話になっとるなんて庇うけどよぉ。結局そこについては皆同じ気持ちなんやて。俺は変に隠す方が失礼やと思うんやけどもね」


「……」



 伊達の拳は強く握られ戦慄いていた。しかし、振り上げる事ができないのは隣にミオがいるからである。彼女は終始睨みを効かせ、伊達が暴挙に出ないよう制止しているのだ。




「植木さん、お話しありがとうございます。伊達もこちらに慣れておりませんので、こうしたコミュニケーションを取っていただけると大変助かります」


「ほうかい。でもまぁあんたらと違ってこっちも忙しいでね。あんまり無駄話はできんよ」


「それは存じております。では、障子を張り替えさせていただきますね」


「あぁ。どうだい、茶でも飲むかい?」


「あ、いえいえ、こちらで持参したものがございますので」


「なんだ、うちの茶をは飲めたもんじゃないって事かい?」


「そういうわけではございませんが、お気遣いいただくのも心苦しく、また、お忙しい身である事も重々承知でございますので、お手を煩わせるわけにはまいりません。障子の張り直しは全てこちらで対応いたしますので、どうぞ、お任せください」


「そう、まぁえええわ。それじゃあ頼むよ」



 植木は尻に敷いていた座布団を枕代わりにして寝転がった。どの部屋の障子が破れたのかさえも伝えず、全て丸投げするつもりである。



「じゃあ、始めましょうか。道具は納屋にありますので、伊達さんは先に行ってください。このお宅の裏手にあります。私は障子を持ってきますね」


「……あの、鳳さん」


「なんでしょうか」


「僕、障子の張替えした事ないんですが……」


「あ、そうなんですか。なら、教えますから、一緒にやりましょう」


「……」


「最近の若いもんは障子の張り方も分からんのか。どうやって生きてんのかね」



 寝たままの姿勢で馬鹿笑いをする植木に伊達の視線が向かうも、ミオがその間に入って無言で諫める。



「じゃあ、よろしくお願いしますね。植木さん、障子はこちらで外させていただきます」


「はいはい。壊したり壁に当てて傷つけんといてね。何かあれば弁償してもらうからね」


「はい、注意しますね。あ、後、ご夕飯とかお作りしましょうか?」


「姉ちゃん、考えてくれや。姉ちゃんの作った飯なんか食いたいと俺が思うわけないやろ」


「申し訳ありません。少しでもお役に立ちたく……」


「いらん世話やて。早よ、障子だけ張替えてくれ」


「分かりました。では、そうさせていただきますね」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る