拝聴1

 コンビニを出て三十分程歩くと、先行していたミオは足を止めた。



「到着しました」



ミオと伊達が辿り着いたのは広く古めかしい家の前である。

 木造平屋でところどころ苔むした、けれども整備が行き届いたその佇まいは昭和一桁何年の農村風景を再現するために建てられたセットのようで、「ドラマのために作ったんですよ」などと案内されたら「そうなんですか」と納得してしまいかねないものだった。傍らには井戸があり、厩舎があり、納屋があり、窯がある。現代社会で見る事のない不便な利器が、使用されている痕跡とともにそこに並んでいた。そして、その一帯を囲むように田と畑が広がっていて、これも綺麗に整えられ、映像作品のワンシーンとも思える光景だった。。



 


「おや、ミオちゃんじゃないかい」



 その畑からひょっこりとやって来た男がミオの名を呼んだ。歳七十はいっているだろう風貌だが、その身体には力が漲っており逞しい。



「岩井さん、お久しぶりです」


「一年ぶりかね。いやぁ、もっと頻繁に来てくれていいのに、全然顔出さんから」


「すみません。ちょっと忙しくって」


「ほうかい。頑張っとるね。せっかく来たんやから、上がってきんさい。お連れの人も一緒に」


「あ、いえいえ、おかまいなく。本日はご挨拶に伺っただけですので」


「そんな事言わんと、あんたは家族みたいなもんやから」


「それじゃあ……」



 日焼けした顔を緩ませる岩井のもてなしを断る事もできず言われるがまま。、三人となって例の平屋に向けて歩を進めた。小さく白い砂利が敷かれた道に進み家屋の中へ。戸を引いた先は薄暗く焦げ茶色の廊下が伸びていて、しんと静まっている。明かりが薄く、奥の方は何も見えなかったが、不思議と温かさを感じる作りで、樹木の一部を間借りしているような落ち着きがあった。



「さ、どうぞどうぞ、ミオちゃん、先に居間に行っとってよ。俺はチヨ呼んでくるから」



それだけ言うと、岩井は一人で靴を脱ぎ散らかして奥の方へと歩いていった。



「……お言葉に甘えて、お邪魔しましょうか」


「あ、はい」



 岩井に遅れて靴を脱いだミオは慣れた様子で玄関に上がり、廊下すぐの襖を開いた。畳と机と棚、そして古いブラウン管があり、縁側に出られる間取りとなっている部屋だった。



「古風ですね」



 後から恐る恐るやって来た伊達が部屋を見て忌憚のない感想を述べる。



「リフォームとかしてなくって、ずっと住み続けているそうですよ。さすがにところどころ修繕はしているみたいですけど」


「テレビもブラウン管だし……これ、地デジ入るんですか? というか映るんでしょうか?」


「これ、前来たときに私がチューナー接続したんですよね。やった事なくて、必死でスマフォで調べたんですよ」


「本当になんでもやりますね」


「困っている人がいるのに放っておけませんよ。それに、外部の情報を得るのはリスク対策においても重要ですからね。テレビがないと天気予報も観られませんから」



 ミオはそう言うとおもむろにテレビの電源を入れた。ブツンと鳴り、音声だけが先走りながら、ジワジワと明暗がはっきりと表示されていく。次第に鮮明な映像が流れ始め、人や物が認識できるようになると、ようやく音と一致していった。どうやらドラマの再放送らしく、一昔前にブレイクした俳優の下手な演技が、テレビに内蔵されているモノラルスピーカー越しに聞こえてくるのだった。



「何か観たい番組ありますか?」


「いえ、この時間どんな内容が放送されているか分からないですし、そもそも僕、テレビないので」


「あぁ、今そういう人多いですよね」


「鳳さんはテレビ観るんですか?」


「そうですね。観ますよ。残業が終わって、疲れ果てて深夜番組を眺めるのが結構好きな時間です」


「そうなんですか。どんな番組を観ているんですか?」


「深夜番組です」


「え?」


「だから、深夜番組ですよ」


「あの、番組名とかは?」


「疲れちゃっているので覚えてないんですよね。実は内容もそんなに頭に入ってなかったりします」


「それ、テレビを観ているといっていいんでしょうか」


「目で映像を捉えているという観点で論じるのであれば、間違いなくみていますね」


「……」



 不毛な会話である。伊達はそれ以上語る事はなく、流れているドラマの内容を退屈そうに追った。




「おぉ、すまんね。今お茶出すから」



 物語の佳境で岩井がやって来た。そして、その後ろには茶と菓子を載せたお盆を持った老婆が一人。


「ミオちゃん。元気?」



ミオはその老婆の声を聞くと、テレビを消して深々と頭を下げた。




「チヨさん、ご無沙汰してます」


「ほんと、すっかり顔を見せなくなっちゃって、寂しかったよぉ。もっと遊びに来てくれていいのに」


「すみません。中々時間が合わなくて」


「そうねぇ。あんた、忙しいもんねぇ。雨の時も本当によぉ助かったよぉ。ありがとうねぇ」


「こちらこそご飯をいただいたりして大変助かりました。南瓜、美味しかったです」


「あんなもんでよければいつでも作ってあげるよぉ。店に出せんもん抱えとるでねぇ。ところで、こちらはどなたですかねぇ」


「あ、すみません。ご紹介が遅れまして。こちら、私の同僚で、伊達と言います」


「伊達です。よろしくお願いします」


「はい、よろしくねぇ。可愛い顔しとるねぇあんた」


「あ、ありがとうございます……」



 伊達にとってコンプレックスである童顔は触れてほしくない部分である。精一杯の笑顔を作ってみせたが、表情がちぐはぐでおかしい。


 しかし、そんな事を気にもせず、チヨは茶を出し、もてなしの言葉を送った。



「なんもないところやけど、まぁゆっくりしていってねぇ」

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