視察2

 歩く事一キロ。時間にして十分。ところどころ舗装の剥げたマーブル柄の道を歩き、二人はコンビニの前までやってきた。川垣における貴重な小売店である。



「伊達さん、何か買っていきますか?」


「……いいです」



 伊達は仏頂面で短く答えた。不機嫌なのは明らかであり、愛想のいい顔がすっかりと渋くなっている。

 これまで人と対立してこなかった彼だが、社内におけるミオへの陰口を聞いて脆弱ながらも反骨の意思が芽吹いたのと、自身の意見を伝えられるようになった事でネガティブな感情の一部を表現できるようになったのだが制御がまだ上手くできておらずどうにも振り回されているのだった。今の彼はさしずめ親に窘められた子供である。拗ねて不貞腐れているのだ。



「まだ怒ってるんですか? 意外と根に持つタイプなんですね、伊達さん」


「怒らない方がおかしいですよあんなの。僕達は奴隷じゃないんですよ」


「まぁまぁ。あ、アイス食べますか? 奢りますよ」


「だから、僕は何もいりません。まだ少し気持ち悪いですし」


「それなら少し休んでいきましょう。ここ、イートインコーナーがあるんですよ」


「……」



 伊達の顔が俄かに動いた。休むという言葉に反応したのだろう。過酷な山道に揺れるバスを経由しここまで歩き詰めてきたのと、住民から受けた洗礼により疲労度はかなりのものであると推察される。一息つきたいと思うのが自然である。


 そしてミオの次の発言が、さらに追い打ちをかける事となる。




「それにこの先は何もないので、体力を回復させておいた方がいいですよ」


「え? スーパーがあるんじゃ……」


「ありますね。二十キロ先に」


「そんなに遠いんですか」


「遠いといっても歩いて行けない距離じゃないですが、今日は日帰りですし、そもそもあの辺りはそこまで見る物もないのでわざわざ足を運ばなくてもいいかなと思っています。なので、実質ここが最終休憩所です」


「ちなみになんですが、スーパーまで行かないとしても、あと、どれくらい歩く予定なんでしょうか」


「そうですね。特に考えてはなかったのですが、距離換算で八キロくらい歩く事になるかなと。小休止含めて約二時間。喉も渇くと思うので、水も買っておいた方がいいですね。伊達さん、さっき全部飲んじゃいましたから」


「……」



 一瞬の間を置き、二人の歩調は一致した。足並みを揃えてコンビニへ入店。ドアは自動ではなく『押す』と印字された中心吊りのタイプである。店内BGMなども流れておらずデジタルサイネージも設置されていない。飾りつけは何年も前に展開されたキャンペーン商品の販促POPや名前も定かではないアイドルのポスターといったもので、マーケティングに正面から反抗したよう内装をしている。



「いらっしゃいませぇ」



 店員は中年の男が一人。眼鏡をかけた小太りで、髪は薄い。ステレオタイプの『オヤジ』を体現したような見た目である。




「お久しぶりです、八百津さん」


「あぁ、ミオちゃん。どうしたの急に」


「仕事で視察に来たんです。こちら、同僚の方なんですけど、川垣を是非観たいというものですから」


「そう。どうですか。なにもないでしょう、ここは」



 そう話を振られた伊達は言葉を出す事ができなかった。「そうですね」とも言えないが、代わりの言葉を出すのも難しい。川垣町とは、そういうところである。



「ま、自然だけはあるから、ゆっくり見ていってくださいよ。都会から来られたなら、幾らか珍しいでしょう」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」



 中年のフォローによってなんとか声を出せた伊達は隙を見て店内を物色。水と菓子パンを手にして会計をし、ミオと共に店内奥にあるイートインコーナーにある椅子に腰かけ小さく息を吐いた。先ほどまで青くしたり赤くしていた顔色がようやく落ち着き、平素の面持ちを取り戻したようである。



「伊達さん、菓子パンなんて食べて大丈夫ですか? 帰りもバスですよ?」


「カレーよりましですよ」


「それもそうかもしれませんね」


「カレーといえば、駅の喫茶店で女の人と会ったじゃないですか」


「あぁ、はい。サトさんですね」


「鳳さん、あの人となにかあったんですか?」



 伊達は純粋な好奇心から聞いたのであり悪気はなかったのだろが、ミオの顔が陰った。「うぅん」と唸り、どう説明したものかと悩んでいる。



「あ、言いにくい事だったらいいんですが」


「うぅん。そんな大仰な話じゃないんですけど……」


「けど?」


「……一年前に、あの喫茶店のおばあちゃんの所で作業してる時の事なんですけど、そこで丁度サトさんと会ってしばらく話をしていたら、“都会から田舎者を笑いに来た”なんて言われまして……」


「なんでそんな事……」


「おばあちゃんは田舎者のコンプレックスだと言っていましたけれど、本心はどうか分からないですね。もしかしたら私に至らない点があったのかもしれません」


「そんな事ないと思いますよ、絶対あの人が……」



 全てを言い終わる前にミオの視線が伊達を貫いた。言葉なく、「それ以上は言うな」というメッセージが彼女の目には込められていた。



「伊達さん。先ほども言いましたけれど、私達の仕事はこういうものですから、あまり滅多な事は仰らないようにお願いします」


「……鳳さん」


「なんですか」


「本当に慣れますか? この仕事」


「大丈夫です。伊達さんならできますよ」



 ミオの笑顔に、伊達の顔色がまた変化していく。どうにも、釈然としない様子である。

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