視察1

 川垣町鮎川はグリーングローブ市の中心ではあったが、あくまで僻地の中心であり、現代文明に慣れ親しんだ人間にとっては後進国の一地域と変わりないのだった。



「見渡すばかり田畑しかありませんね……テレビ観てるみたいです。凄いなぁ」


 

 伊達は観光にも来ている様子だった。「まずは歩いて周りを見てみましょう」というミオの提案により視察をしているわけだったが、仕事という意識が抜け落ちているようだ。



「実際ドラマにも使われた事があるそうですよ。大分前ですけど」


「そうなんですか。じゃあ、観光に来る人もいたんでしょうかね」


「全然。一部そういう人もいたみたいですけど」


「そうなんですか。知名度上がっても駄目なんですね」


「宿泊施設も周りにないですからね」


「へぇ……あれ? それじゃあ、鳳さんが出張の際はどこで寝泊まりしたんですか? 大雨災害の時って泊まり込みでしたよね?」


「集会場を借りたんですよ。ただ、一応布団は貸していただいたんですが、二十四時間稼働しないといけないので寝る時は車で寝ていました。仮眠程度でしたけど」


「過酷ですね……」


「復旧のお手伝いをしにきたわけですからね。それくらいは普通ですよ。それに、本当に大変なのは災害に遭われた集落の人達ですから」


「鳳さんって、凄いですね」


「そんな事はないですよ。今の伊達さんみたいに話を聞くだけなら大変だなぁと思うかもしれませんが、実際にやってみると考える暇もなくやる事があったのであっという間でした」


「うぅん……なんか……」


「どうしたんですか?」


「いえ、これから自分がしっかりやっていけるのか、なんか不安だなぁと思いまして。僕、そんな状況で仕事できる自信がなく……」


「大丈夫ですよ。最初はみんなそうですから」


「……」



 伊達は言葉を選んだ結果、本意を伝えられなかった。彼は「自信がない」と口にしたが、正確には「やりたくない」といいたかったのだ。それは責められるものではない。自己を犠牲にして他者に尽くすなどいくら仕事であっても抵抗があるだろう。なくてはならないにも関わらず、自分はその立場に立ちたくないという考え方は多くの人間に共通するものだ。重労働かつ責任も加味される業務など普通は御免こうむりたい。そのために医者や看護師などには高い報酬が設定されているのである(中には低賃金で使い潰される場合もあるが)。

 だが、ミオ達に支払われる額は据え置きである。手当は付くが雀の涙で、労働時間も『特別労働』として実働以下の金額が上乗せされるだけに留まる。これは彼女達が半公務員であり、公務員以上に厳しく支出を抑えられているからである。血税という名のついた運用資金は必要経費であってもしばしば出し渋られるものなのだ。もっとも、民間の金払いがいいといえばそういうわけでもないのだが、少なくとも労働に対して適切な金額を支払う企業の方が多いだろう。そうであってほしい。

 話しが横に逸れてしまったが、誰かのために何かをするというのは基本的に忌避されるものだ。突き詰めれば全ての仕事が誰かのためになるわけだが、直接的に関われば関わる程「やりたくない」という意思が強くなっていく。理由としては先に挙げた業務負荷、責任、金銭といったものが顕著であるが、もう一つ大きな問題がある。その問題のせいで、誰かのために仕事をしたいとう気持ちが薄れてしまうのかもしれない。





「おぉ、不細工の姉ちゃん。久しぶりやないか」



 道端の畑からそう声をかける老人が一人。「不細工の姉ちゃん」が誰を差すのかは言わずもがなである。



「植木さん。お久しぶりです」


「おぉ。しばらく見んうちに彼氏ができたかい。良かったなぁ物好きがいて」


「あ、彼は私の同僚で……」


「あぁなるほど。そうかそうか。そうよな。あんたに男ができるわけもないわな」


「作る予定がないだけですよ」


「そうかえ。あ、そういえば姉ちゃん。前に張り替えてもらった障子なんやけども、またやってもらっていいかね」


「あ、はい。後日でもいいですか?」


「なるべく今日中に頼めんかね。風が入ってきて、寒くてかなわんくて」


「そうですねぇ……仕事が早く終わりましたら……」


「そういわずに頼むよ。あんたら税金で食っとるんやからさぁ」


「……」


「そういえばこの前、柏木さんが怒っとったよぉ? あんたらが塞いだところからまた雨漏りがし始めたって。これも見てやった方がええと思うなぁ」


「え? まだあのままだったんですか? 腐っていて応急処置しかできないから、早く張り替えてもらった方がいいって言ったのに」


「あんたらだ直してくれればええだけやからね。市民が困っとるんやから助けてよ」


「そうですね。金額が抑えられそうな業者探してみます」


「そうやなくて、やってあげてよ。みんな年取っちゃって困っとるんやから」


「……」

 


 随分な物言いにミオは「うーん」と唸った。本来であれば考慮する価値もない申し出であるが、立場上無下にはできない。どう切り返すかと思案を巡らせているのだろう。一方で伊達は露骨に不機嫌な表情であった。


「いや、あのですね。そういった事は……」



 思わず口を出した誰。しかし、ミオがそれを制する。



「伊達さん」


「鳳さん。僕は……」


「まぁまぁ、ここは私に任せてください……植木さん、分かりました。後でお話しだけ聞いてみますね」


「頼むよ。こっちはあんたら食べさせとるんやから」


「はい。それでは、後程……」

 


 

 愛想笑いをしてその場を離れるミオ、伊達は一瞬止まっていたが、すぐにその後を追って声を荒らげる。



「あんな酷い事言わせておいていいんですか? 僕、文句言ってきますよ」


「伊達さん」


「なんですか」


「あの人がどうしてあんな事を言うのか、分かりますか?」


「……分かりません」


「それは、誰かに縋らないと生きていけないからです。自分達が生きていくために、私達にお願いをするんです」


「滅茶苦茶じゃないですか、そんなの」


「そういった声を聞いて極力助けてあげるのが私達の仕事なんです」



 ミオは事も無げにそう言った。そういうものだと、そうでなければならないというように。

 一度助力を受けると、自分は助けられるのが当然であると思う者が一定数存在する。誰かを助けるのであれば、そういった人間を許容しなければならない。ミオはそれを伊達に伝えたいのだ。



「……やっぱり僕、この仕事を続ける自信がないです」


「慣れますよ。そのうち」



 憮然とする伊達と、笑顔を崩さないミオ。二人の視察はまだ始まったばかりである。




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