無得無得侮卑侮卑
「みんな私を頼ってくるんだよ。もういい歳だし、そろそろ相談役なんかに腰かけて悠々と老後を過ごしたいんだけども、中々そういうわけにはいかない。最近の若い子には雑草魂がないから、すぐ人に助けてもらおうとする。私だって生涯現役というわけにはいかないんだから、いい加減独り立ちしないと駄目だぞと言っているんだけども、どうもね、根性が足りないんだ。部活だってそうだろう。身体は発達して成績はよくなったけど、ここ一番の精神力が見られない。本来スポーツってのは、“なにくそ”、“この野郎”って気概を持って挑まないと駄目なんだ。それが今、全然ない。守られ過ぎている。野球であれば球数制限。サッカーだったらシミュレーション。マラソンや駅伝なんかは疲れないシューズを履いて走っている。こんもんじゃ鍛えられないよ。なんのためのスポーツなのかという事をちゃんと念頭において競技に取り組まないと。変わらないのはレスリングくらいなもんだね。他は本当にね、良くない。学生の内に楽をする事を覚えたってろくなことにならないんだ。これはちゃんと根拠があって、私が受け持った最近の新卒が見事全員使い物にならないんだ。どうしたんだってくらいに一同一様にポンコツで、覇気がない。みんなお勉強はできて成績はいいんだけども、ここ一番の踏ん張りがないね。社会に必要なのは数学のテストで何点取ったとか、こういう賞をもらったとか、そんなものじゃないでしょう。人間性だよ、人間性。若い頃に苦労をしてこなかったり、精進を怠った者なんてのは人間的にクズになりやすいよ。私の学生時代なんてそれはもう想絶だった。自衛隊上がりの先生から朝から晩までみっちりしごかれて授業なんて受けている場合じゃなかったんだ。朝四時に起きて自分で弁当をこさえて、学校に行ったらアップで走ってから準備運動、柔軟をして、ロープ、ダンベル、腹筋、背筋、スクワットをやって、後は二時間ぶっ続けで打ち込み。七時半になって終わるともうヘトヘトなんだけど、ここからがまた地獄で、プロテインとゆで卵の白身だけを三十個も食べなきゃいけない。パサパサしていて全然喉を通らないんだけど、水を飲むとその分腹に溜まっちゃって入らなくなるからもう必死で呑み込んだもんだよ。慣れない連中は吐いちゃって、怒られて追加でもう十個食べさせられたりして、それで朝が終わり。午後になるとやっぱり練習で夜遅くまで血反吐を吐きながらこなしたもんだよ。減量しながら普段と変わらないトレーニングをした事もある。ともかく滅茶苦茶。生きるか死ぬかだった、だけど、そういう経験があるからこそ社会に出て、こうしていつまでも第一線で仕事ができる人間力が培われたんだ。私達の世代なんかはみんなそうだよ。逆に若い子が可愛そうだね。いいよいいよ無理しないで。苦しいね、可哀想だね、頑張ったね。なんて甘やかされて育って、生きていくうえで必要な部分がちっとも成長しないまま大人になっていくんだから。そう考えると、若い子達が私を頼るのも仕方がない気がするね。なんといっても物が違う。ずっと大変な環境で育ってきたんだから、まずオーラというか、生命力が段違いだからね。人間に残っている動物としての本能が群れのボスとして認識しちゃって、従いたい! ってなるのかもしれないね。でもまぁ実際にそうなんだよ。この歳になっても衰えなんてないし、ずっと昔のままなんだ。なんといっても精力が違う。こんな事言ったら今の時代セクハラなんて言われちゃいそうだけど、元気な時はビシッと直角になって持続力も結構なものなんだよ。これも昔、生きるか死ぬかで生きてきたから、雄としての力がずぅっと残って子孫繁栄できるよう遺伝子が活性化しているんだろうね。さっきは生涯現役なんてわけにはいかないと言ったけれども、こっちの方が多分死ぬまでもつよ。今度どうだいヒメちゃん。見るだけ見てみるかい? まぁお金はいただくけどね。当たり前じゃないか。動物園だって入場料は払うだろう。見物するならちゃんと対価を払わないと。いやぁしかし冗談じゃなく私は種が強いんだ。子供も五人もいる。我ながら頑張った。あと、全員女なんだよ。知ってるかいヒメちゃん。女性が達すると、女の子が産まれるらしいんだ。やっぱり女性もね、相手が元気だと気持ちよくなるんだね。ヒメちゃんはどうかな。あ、これはまずい。完全にセクハラだ。また怒られちゃうよ。世の中随分コミュニケーションが取りづらくなっちゃったもんだ。なにかといえばセクハラなんて言われるんだから。そういうのも、男から意気地をなくしている要因だよ。男なんて単純で、いってみればずっと女と寝る事を考えてるもんなんだ。だから口に出るのも、そういう行動に出るのも当たり前。それを社会が規制してるんだから、そりゃ少子高齢化にもなるよ。子供産めと言う一方でスケベな事はやめましょうなんて事を推進されちゃ支離滅裂。矛盾も甚だしいじゃないか。だから私の言動は本来正しいんだよ。分かるかい? そう、そうだよ。グリーングローブ市の連中もそれを分かってない。男のね、魅力がないんだあそこには。私みたいな人間が一人いてみなさい。もう大陸くらいの人口になってしまうよ。うん、え? そうだね。私もそう思う。いや、ヒメちゃんは話が分かる。一緒に仕事ができてよかった。うん? どうしたんだい。何があったか言ってみなさい……コンペ? 社内でコンペをやっている。なるほどなるほど……」
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