出張3
「本日中のレポートはできていますか? 確か、三本くらい抱えていましたよね」
「はい。官庁向けの土木事業に関する資料が二点と、広永建築さんの月報ですね。何とかなると思います。最悪やるだけやって、出社している誰かに修正いただければいいかなと」
「そうですか。そういえば、広永建設さんってグリーングローブ市の木材を仕入れているんですよ。知ってましたか?」
「え? そうなんですか?」
「はい。あそこのインテリア部門ってこだわりが強くて、仕入れも卸しを遣わず独自ルートで仕入れていたりするんです。それで、質がいいからって、木材はここの職人さんから直接交渉して買っているんですよね」
「へぇ。あれ? 伐採って外注以外もやってるんですね」
「そうですね。細々とですけど、皆さん職人なので腕は確かですよ。ただ分業とかあまり好きじゃないらしくて、経験と知見が豊富だから、全部自分でやっちゃう人が多いですね」
「そうなんですか。でも、案外仕事あるんですね」
「それがそうでもないんです」
「え?」
「取引があるのは極一部だけで、それ以外の方はみんな日銭を稼ぐ事も難しい状態です。皆さん個人で仕事をされているので、組織化している企業に仕事を奪われてしまっているんですよ」
「なるほど……じゃあ、グリーングローブ市で作業してる企業で雇ってあげればいいんじゃないですかね」
「伊達さん。彼らにしてみれば、外から来た企業は余所者なんですよ。そこに“雇ってください”なんて言えるわけないじゃないですか。それに、企業からしても簡単に雇うわけいかない。昔ならともかく」
この職人問題も、グリーングローブ市における労働生産性向上における焦点の一つであった。ミオの言う通り、グリーングローブ市の職人の腕は確かで基礎から応用まで多様な業務を請け負う事ができる反面、協調性に乏しく組織での行動を苦手としていた。小さな集団であればまだ互いに協力して作業に取り組める者もいるが、法や規律によって運営する企業に馴染める者は少ない。職人として生きてきた彼らにとって仕事とは生活であり、ノルマや進捗によって動かされるものではないのだ。故に、大規模企画、大量発注、分業体制によって成り立つ現代社会では孤立しがちなのである。これは、彼ら個人や企業組織に非があるというわけではない。生き方や社会の在り方として、ベクトルが異なるだけであるから、どちらを責めるわけにもいかないのだ。
だが理屈上はそうであっても、感情で語る事が許されるのであれば、また違った言葉がでてくるだろう。
「皆我儘なんだよぉ。グダグダ言ってないで働けばいいのに、“俺は嫌だ”なんて一丁前のふりをするんだからねぇ」
カレーとレモンスカッシュを持ってきた老婆は憤慨しながらそれぞれを卓に置き、饒舌に語る。
「俺は職人だぁなんて偉そうにしてますけどねぇ。そんなもん、金稼いでから言ってくれって話なんですよぉ。昼間っから酒飲んでよぉ、たまに金が入ると女の子のとこに行ってヘラヘラしてぇ。あんたらの言う職人ってのは仕事もせずに遊ぶ人間の事かって怒ってやりたいわぁ」
「おばあちゃん、またそんな事言って。皆頑張っているんですから」
「頑張ってなんかないよぉ。ミオちゃんだって去年みたでしょう。男連中のまぁ使えない事!」
「あ、先程も気になったんですが、昨年ってなになされていたんですか?」
「大雨が降って大変な事になってたんだけどもねぇ、ミオちゃん達がきて色々手伝ってくれたんだよ」
「あぁ、そういえば鳳さん出張してましたね」
「はい。大半は依頼した業者がやってくれましたけど」
「道路とか川はそうだけど、ミオちゃんが畑とか家屋の修繕なんかもしてくれてねぇ。この店も雨漏りが酷かったんだけど、直してくれぇ」
「あれは応急処置ですから」
「そんでも助かったよぉ。ありがとねぇ」
「あ、いえ、そんな……」
「鳳さんってなんでもできるんですね」
「ほんとよぉ。それに比べ男共はまぁ役に立たん。全部人任せで、降りた補助金も金と女に使って。ろくでもない」
「今の時代大変ですから。機会さえあれば皆さんちゃんと働きますよ」
「どうだかね。あいつら若い頃からずっとあんな調子だったよ。まともな奴といえば杉村さんとか田上さんとかくらいなもんだねぇ。あ、あの人も働き者だったね。ミオちゃんと一緒に来た、戸田って人。あの人にも随分助けられたよ」
「え? 戸田さんって、現場行ってたんですか?」
「知らなかったんですか? 事務手配とか調子は全部あの人がやってくれてました」
「へぇ……凄いんですね」
「そうですね。性格に癖はありますが、頼りになります」
「そうなんですか。でもあの人、仕事中に普通に酒飲むからな……」
「あ、そうそう。そうよ。あの戸田って人、私が、どうぞーなんてお茶をお出ししたら、“焼酎ももらえませんか”なんて言ってきてねぇ。冗談かと思って愛想笑いだけしたけど、もしかしたら本当に欲しかったのかもしれないねぇ」
「……」
ミオは呆れたように目を閉じ、レモンスカッシュに刺さったストローを吸い込んだ。きっと、その姿が脳裏に浮かんだ事だろう。
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