企画3
企画会議は見込み通り、定時を迎えてもなお続いた。
方針は定まり、雇用促進、働き世代の流出防止。そして新規労働力受け入れの基本三軸に加え、定住している高齢者と若者、そして転居なり通勤してくる人間全員が納得のいく形で進められる案が求められた。三方よしならぬ三者よしの施策であるが、この三方よしこそがネックとなっていたた。
日本における地方自治体や国といった組織は国民主義の基に判断を下し政治を執行する義務があるため、この三者よしというのは当然であるように考えられるが、これは建前であり本音は違う。違うというより、どうあっても全員が納得などできるわけがないのだから妥協点を組み込んだ案を提示するか、あるいは、少数派の意見を切り捨てる選択をしなければならないのである。そして選択択されるのは往々にして後者。スケジュールありきで進む現代社会において妥協案だの折衷案だのを作成している時間はないのだ。『即断即決』が至上であり最優先事項。最初から決定する前提で物事を進められるような工作もセットになっている事も珍しくもない。
実のところ、このプロジェクトもそういう強引な内容が期待されているところがある。合併の正当性を計りたいという裏の意思を読み解けば、極力予算を使わずかつ即効性のある内容が喜ばれるのは明白である。
最も簡単な方法としては適当な工場でも誘致し外国人研修生を就労ピザで入国させて働かせるという手がある。結果としてデータ上は生産数も定住率も上がるし、その外国人と工場関係者にアンケートを取らせれば『市民の声』といて実態をでっち上げられるのだ。もっとも、webがインフラとなっている昨今においてこのような力技を使えば即座に歪さが露呈し批判の的になるだろう。だが、行った事もない小さな地方自体について、果たしてどれだけの人間の関心が持続するだろうか。webはインフラとなっているが、それだけに、情報は常時目まぐるしく更新され、あらゆる事象がインスタントに消費される世界となっている。余程でない限りすぐに風化し、人の心には残らない。このプロジェクトにしたって例外ではなく、忘れた頃に功績として表記されたとしても一部の人間以外「そうなんだ」として思わないだろう。どのような結果が出ようとも近い将来グリーングローブ市は、財政破綻の可能性が高い市町村を合併し予算を一本化。森林資源を中心に労働生産性を向上させて生活水準を上昇させたとして実績の一つに数えられるのだ。後は青写真を事実にするための行動のみである。
そのため、別段そこまで悩む必要はない。先述の通り工場を建ててもいいし、林業を行っている企業に営業所と寮を置いてもらうよう依頼するのも手段としてある。どのような形であれ、辻褄さえ一致していれば問題ないのだから、会議よりも根回しなりに時間をかけた方が合理的であり費用対効果も高い。むしろ、そう動くべきでさえあるが、ミオはあえて困難な選択をしたのだった。それが彼女の性格である。
このミオの性格について狩谷と戸田が把握していないわけがなかった。スピードを重視し、効率だけを求めるのであれば他の人間をリーダーに据えていただろう。なんならヒメでも問題はなかった。彼らがいったいなぜミオをこのプロジェクトに参画させたのかは不明であるが、少なくとも、簡単な解決策をよしとしないという意思は汲み取る事ができるし、ミオ本人も自覚している。だからこそ仕事を引き受け、ヒメと対立してまで業務を全うする気概を見せているのだ(リーダーを辞さなかったのは彼女の信念や心情といったものがあるかもしれないが……)。
「あちらを立てればこちらが立たずな案ばかりですね。やはり。高齢者、若者、新規定住者のうち、優先度をつけていくしかないのではないでしょうか」
会議は硬直。ホワイトボードに書かれた幾つかの案を眺めながら伊達が気怠そうに次のステップへの意向を促した。
「伊達さんは、その中で誰を排斥すべきだと思いますか」
「排斥と言われると少し躊躇してしまいますが、やはり高齢者じゃないでしょうか。頑固な人も多そうだし、何より生産性がない」
伊達の意見は一般的に考えれば正しいだろう。市の労働生産性を向上させていこうという話だ。労働力として数えられない人間を切り捨てる発想は至極真っ当であり合理的である。
「そうですよね。そうなりますよね」
これに対して意外にも同調するような立場をミオが取ったため、伊達は驚いたような顔をして声をあげた。
「鳳さんもそう思うのであれば、なら若者と新規定住者の人向けの企画にしましょうよ。既に案として出ている、工場と飲食店の誘致とか」
「……」
この進言に対し一間を置き、ミオは答える。
「……伊達さん、グリーングローブ市には行った事ありますか?」
「え?」
「実際に行って、グリーングローブ市を見た事がありますか?」
唐突な質問に伊達は困惑した。意図が分からない。そんな表情である。
「えっと、ないですけれど……」
「そうですか」
「いったい何の話ですか?」
「伊達さん。今日はもう帰って明日に備えましょう」
「え? 明日?」
「出張するんですよ。グリーングローブ市に。現地視察です」
「え、そんな急に……タスクだって……」
「大丈夫です。私が手伝いますから、ね」
「……」
伊達がミオの笑顔に対して用意できる返答は「YES」か「はい」しか持っていない。PCから直行の出張申請を戸田に出し本日は帰宅。時計の針は、二十一時を回っていた。
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