コンペ2
「なるほど、しかしそれだと鳳さんにとって損しかないんじゃないかな」
「と、言いますと?」
「まず、そもそも競う必要のない競争をしなければならない」
「その点は問題ありません。これは競争というより案出しの一環と捉えておりますので」
「万が一君が選ばれなかった場合は社内評価にも影響が出る可能性がるが」
「そちらも大丈夫です。私は自分の評価よりも、会社がどのような目で見られるかが重要だと考えます。私の計画と比較して岩永さんの案の方が有効性が高いのであればそちらを採用すべきですし、彼女の指揮の下私も働きます」
「納期は?」
「期間はバッファかかっていますし、それに私は企画すらまだできてないんです。多少変則的にはなりますが、やる事は同じかと」
「人員は? チームを二分するんだから、その分補充が必要になると思うが」
「企画案の作成だけであれば伊達さんがいればなんとでもなりますので、後は岩永さんと一緒に動いてもらえればと思います」
「……本当にいいんだな?」
「はい」
曇りないミオの声は狩谷から発せられている重圧さえ切って割り空気に清涼を与えた。心なしか「ようやくまとまりそうだ」とその場にいた一同安堵しているように感じられる。強張っていた表情も緩み、緊張の緩和が見て取れていた。一名以外は。
「分かった。では、私は君の意見に賛同しようと思う。岩永さんはどうかな」
狩谷に視線を向けられたヒメの顔は他の連中と異なり険しかった。不満や憎悪といった負の感情が蜷局をまいているような、そんな印象を受ける。しかし、だからといって黙っていたり反対するわけにもいかないと考えていたのか、小さくうなずいて返答を投げたのだった。
「それならかまいません。後で反故にしない事だけを約束していただければ」
冷たく鋭い視線が飛ぶもミオは平然としており、「では、そんな感じで」と承諾。こうしてチームは一旦に分割されたのであった。この際にミオは「会議室は皆様で使ってください」と第三会議室を後にし、今に至るというわけである。
ここまでで疑問にあがるのが、ヒメがミオに対して必要以上に敵対的な態度を取った理由である。無論、彼女にとっては突然湧いた目の上のたんこぶであり面白くないのは分かるが、だからといってここまで場を混乱させる必要があったのだろうか。もしそれ以外に何かあるとすればそれはいったいどのようなものなのか。第一会議室の清掃をしていたミオの顔は少しばかり曇っていたが、もしかしたら彼女の中にもそういった疑問が浮かんでいたのかもしれない。
「ゴミ袋持ってきました。それと……」
大量のごみ袋を手に戻ってきた伊達。そして、その隣にはもう一人男性のシルエットが伸びており、伊達の言葉に続けるよう声を発した。
「やぁ」
「狩谷さん、どうされたんですか」
「成り行きとはいえ妙な事に巻き込んでしまったからね。申し訳ないと思って謝りに来たんだよ」
「別に大丈夫ですよ。それに、多分客観的な根拠がないと岩永さんも納得しないと思いますし」
「それもそうだなんだけども、あそこまで意固地になるとは想定外でね。君をリーダーに推薦したのも私だし、責任者として頭を下げないわけにはいかないんだ。改めて申し訳ない」
「あ、やめて下さいやめて下さい。いいですから私は、あ、そうだ。お茶飲まれますか? コンビニで買ってきたやつですけれど」
「いや、遠慮しておくよ。ともかくとして、君には面倒を押し付けてしまった。この埋め合わせはなんとかする」
「いいんですよ私は。仕事さえ回ればそれで。それに、岩永さんも可哀想だなって思いましたし」
「可哀想?」
「はい。彼女って綺麗じゃないですか。でも、私には及ばないから、きっとそれで感情的になっちゃたんだと思うんですよ。今までずっと一番だったのが、急に事実を突きつけられたわけでしょう? なら、あんな風に取り乱しちゃうかなって」
「……」
「……」
ミオの言葉に伊達と狩谷は言葉を噤んだ。冗談なのか本気なのか判断がつかなかったというのもあるだろうし、冗談だったとしても本気だったとしてもどう対応していいか分りかねたのだろう。客観的事実と著しく乖離したこの発言は人間の脳を困惑させるのに適しており、容易に二の句を告げさせない威力をもっていた。もし仮にあの会議の最中に同じ事を言えばヒメも言葉を失いミオの指示に従ったかもしれない。憐憫が人に妥協と諦観をもたらす事はままある。
「まぁ、何かあったら言ってくれ。私の力の及ぶ範囲で協力しよう。あと、岩永さんにも指導をしておくよ。どのような理由であれ、いたずらにチームの輪を乱すような真似は看過できないからね」
狩谷はミオへの返答放棄して自身の伝えたい事のみを伝えた。
「ありがとうございます。何かあればご相談させていただきます。あと、岩永さんの件については、私個人としては気にしていませんので、できるだけ穏便に対応いただけますと」
「分かった。それじゃあ、すまないけれども頼んだよ」
「はい」
狩谷が第一会議室から出ていくと伊達が大きなため息をついた。拍子に座った椅子がギシりと音を立てたが、彼の溜息の深さにかき消されてしまった。
「緊張しましたよ。ここに帰ってくる途中、突然“伊達さん”なんて声をかけられまして」
「他部署の役職持ちですからね」
「いやぁそれ以上に、狩谷さんってなにか怖くないですか? 得体が知れないというか、冷たいというか」
「冷たい人だったらわざわざこんなところにまできてお詫びなんてしてくれないですよ。もっと人間の中身に目を向けないと」
「中身ですか」
「そう、中身」
「……」
伊達はミオの顔を見て何か喉元まででかかっていたようだが、結局それを呑み込み、はるか昔に賞味期限を迎えた菓子類などをゴミ袋に詰めていった。彼が呑み込んだ言葉、それはミオの容姿について述べるものであったと想像するに易いが、事実として表に出なかったのだから邪推は控えるべきである。人間誰しも、身も心も清廉潔白というわけにはいかないのだ。
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