コンペ1

 第一会議室は半ば荷物置き場と化しており、捨てるにすれられない資料や廃棄に料金が発生する粗大ごみ等が詰め込まれている中に申し訳程度のデスクとチェアがあるだけの窮屈な部屋だったが、辛うじて二人分のスペース程度は確保されていた。



「本当にここで作業するんですか鳳さん」



 顔の引きつった伊達の問に「勿論」とミオは答えた。



「元々計画になかった事をやるんだから仕方ないですよ。ただ、少しだけ片付けましょうか。邪魔なものを固めて有効スペースを広げましょう」


「時間ないのにそんな事してる暇ありますかね」


「時間がないからスムーズに仕事ができるように整備するんです。木こりのジレンマにならないよう準備するのも仕事ですよ伊達さん」



 そう言ってミオがテキパキと不用品の整理を始める。各員好き放題に不用品を置き去りにしているせいかデッドスペースが多いため、以外に収まりは良く既に人一人分程度の秋空間は確保されている。



「なるほど。じゃ、僕は明らかにゴミと分かるものを捨てていきますね。賞味期限の切れたお中元とかもありますし」


「そうですね。お願いします」


「了解です。ゴミ袋持ってきます」




 整理整頓清掃は3Sと呼ばれ本来工場などに掲げられている標語ではあるがミオの務める就労マニュアルにも細々と記載されている。しかしこうして実際に社内で活動する者は稀である。企業は清掃業者と契約しているし、多くの仕事がデスクで完結するものとなっている事から社内美観を意識する場面などはあまりないため、この第一会議室のように極めて局地的な部分に目をやらない限りは、「弊社は綺麗である」との意識が共通して芽生えているからである。臭いものには蓋という諺があるが、どこにでも見られる状態だからこそ、諺として現在にも残されているのだろう。

 ではなぜミオと伊達がこのような暗部に押し込められたのかといえば、少しばかり時を遡る必要がある。それは、件の会議中ミオとヒメの衝突に、狩谷が介入してからの話である。











「ちょっと経緯を聞きたい」



 狩谷の言葉に、ヒメはすかさず反応を示す。



「狩谷さん。私やっぱり納得できません。どうして私がリーダーじゃないんですか。それに、鳳さんが参画する必要性も感じません」


「それについては散々話し合いをしてもう解決しているという認識なんだけど、君はもう一度蒸し返すのかな」


「そうですね。想定外の事態が発生したためもう一度話をさせていただきたいです」


「なるほど。それは後程伺うよ。鳳さん。何があったか説明してもらえるかな」


「はい。自己紹介とイントロダクションの実施について岩永さんに反対されまして、話が先に進まない状態となっております」


「なるほど。なら問題の解決は簡単だ。岩永さん、君、リーダーの指示には従いなさい」


「承服できません」


「客観的に妥当だと判断できる場合を除いて、上長の指示に従えない場合は処分が下される可能性もあるんだが」


「だったらクビにしてください」


「……ふぅん」



 ヒメの言葉は感情的に出てきたものであり、それは恐らく本人と周りにいる者も理解していただろう。本心ではなく、ヒステリーからの軽率な発言であり、本気に捉えるだけ無駄だと思っているのだ。だが、上長である狩谷は、彼女のその不用意な言動を捨て置くわけにはいかなかった。



「クビか、なるほど。そこまでの覚悟があるというわけだな」



 ヒメの身体が固まった。額には冷汗。「やってしまった」と物語る表情には反省と後悔の色が滲み出ていたが後悔先に立たず。言葉には責任が伴うものである。



「私としては優秀な君に辞めてほしくはない。今回の件もキャリアアップに繋がると考えての人選だった。なにせ大きなプロジェクトだ。進めていくうちに知見も広まるだろうし、なにより先方に顔も覚えてもらえる。いい機会だし、君のためにも会社のためにもなると思ったんだが、そこまで拒絶するのであれば仕方がない。好きにするといい」


「……」



 ヒメの唇は微動していたが、そこから音が漏れる事はない。水面に口付けしているかのように静かである。狩谷が実際に彼女をどうこうするつもりがあったかどうかは定かではない。しかし、彼の目は人を呑み込むような魔力が宿っており、言動に重みがあった。

また、姫だけではなく、その場にいた有象無象のメンバーもまた、狩谷に気圧され顔を伏せている。真冬のように凍えているのに、一同に汗を粒出させている状況は、地獄にも似た様相となっていた。


 しかし、一人だけ例外的にいつもと変わらぬ様子の人間がいた。



「あの、よろしいでしょうか」



 張り詰めた空気に一刺響く声。ミオだ。ミオが一言を場に発したのだ。



「どうぞ」


「あの、確かに岩永さんの言動には些か問題があるとは思うんですが、彼女がそう考えるのも無理はないかなと。逆に、そういう声が聞けてよかったとさえ思うんですよね。なので、この場はなんとか不問という事にならないでしょうか」


「なるほど。しかし、このままでは進まないと思うのだが」


「はい。なので、コンペをして決めようかないと思います」


「コンペ」


「私と岩永さん、二人で別々に企画を作り、どちららがプロジェクトに相応しいか決めたいなと」



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