鳳ミオは美しい2
当人の本心はどうあれ、対外的に置いて一分の振れ幅もない主張を展開されるとそれ以上は追求できない。如何に無礼講万歳の戸田においても例外なくミオの自己愛の前には無力となり、半ばあきれ顔をして口を噤んだ。語るべく物もなし、溜息を落として自席へと戻る。
ここまでがミオと戸田が毎朝行ういつものやり取りである。毎日毎日同じ問答を繰り返す事に意味はなく、いったいなんのためにこのルーティンが行われているのかと問われても謎に尽きる。戸田の健忘によるものかもしれないし、彼なりの思惑もあるのかもしれないが、どのような理由であれ他人を貶める必要などないわけであり、やはり彼の言動は慎むべき暴挙なのである。本来であれば許されざる非道ではあるが、ミオは素知らぬ顔をして自身のデスクに着きPCを起動。タスクの確認と処理に回った。
彼女の仕事は始業一時間前から始まる。
トレンドチェックに始まりメールの確認と送信。チームの進捗と見込み予想。事案整理に改善指示等、事務と雑務をこなしていく。
スピードは勿論、精度も高く、また、メール返信においてはテンプレに+αを追加する心配りを見せるなど、彼女の業務スキルは高い。迅速かつ高クオリティな内容は非の打ち所がなく、顧客からも圧倒的な満足度を得ていた。故に社内評価も上々である。
だがその評価の前には必ず一言付与される。「ブサイクなのに」と。
容姿の美醜がパフォーマンスを決定付けるものではないというのは至極当然の論調だが、何故か人は見かけでの判断を絶えず下している。不条理かつ非生産的な習慣であるがどういうわけか人間というのはそのようにできているのだ。もしかしたら動物世界においても同じように非合理的な結論を基にして子孫繁栄に勤しんでいるかもしれないが、動物の言葉を分かる人間が現れない以上真実は永久に闇の中だろう。空想の翼が現実で飛翔する事はない。あるのは、ミオのようにブサイクと呼ばれる人間が割を食うという、決して珍しくない事実である。能力の有無について、目鼻立ちで判別されるという理不尽な事実は、往々にして起り得るのだ。ミオもまた、例外ではなくそうした被害に遭っていた。
彼女の務める会社はいわゆる第三セクターというもので公民一帯の組織運営を行っている。主な事業内容は地方活性化促進。言葉で表すと簡単ではあるが活動は多岐に渡り、労働力の派遣、リクルート、PR、物産展の運営、催事管理、融資の斡旋、高齢者支援、田畑の登録管理、コンサル、シンクタンク等、枚挙に暇がない程多数の案件に携わってる。伴って当然、部署も細分化されているもののその垣根は低く、有能な人物はあちらこちらで重宝されており、ミオもその内の一人であった。
彼女の場合は特に地元住人とのコミュニケーション能力が評価されており、定期的に調査名目で派遣されていた。行く先々で「都会の姉ちゃん」と親しまれ、頼りにされる存在である。だが、そうなるまでには、多くの苦労があった。
今でこそ顔馴染みとして定着してこそいるものの当初は不当な扱いを受け報告は芳しくなかった。特段、男性老人からの評価はすこぶる悪く、ミオを狒々だの鵺だのと嘲り、時には本人に向かって公然と罵る事さえあった。それでも彼女は挫けず業務を遂行。持ち前のポジティブと業務能力で次々と課題を解決。倉を金子で潤して信頼を勝ち得えたのである。
一見すると美談ともとれるがこれもとんでもない話である。そもそもルッキズムに他ならない。現代日本においては間違いなく非難されて然るべき所業。現に、その農村に住む顔面に難のある女性たちは皆、落ち度なく人権を蹂躙されて暗い顔をしていた。実力で評価されたミオが特殊な部類なのだ。
そのミオであっても本来志望した企業には受からかったという過去がある。彼女のスペックであれば試験も面接も間違いなくパスできただろうが、不合格だった。その理由が容姿にあると断言する事はできないが、少なくとも能力以外の部分で査定があった点は認めざるを得ないだろう。世の中とは、得てしてそういう物だ。
しかしそれでも彼女はめげたりしなかった。自身が働く場で、一所懸命にやろうという気概があった。その意気が、同じくコンプレックスを持つ人間から好意を持たれていた。
「おはようございます鳳さん。今日も早いですね」
始業三十分前に出勤したのは彼女の後輩にあたる伊達である。
伊達は小じんまりとした肉体に加え童顔という事もあって時折中学生と間違えられる可愛らしさを持っており一部の女性社員からはコアな人気を博していたが、当人にとってそれは不名誉でしかなく、触れられる事を嫌っていた。
彼にとって歳不相応な姿は恥であった。男連中から「餓鬼」と揶揄され、奥歯を噛み締めた日は幾度とある。彼にとって、低身長の童顔というのはマイナスの要素でしかなく、決して美点ではなかった。
ミオはそんな彼の機微を察し、一人の男として、成人として扱っていた。それが伊達にとってどれほど救いとなったか、彼を持て囃していた、馬鹿にしていた人間は知る由もないだろう。
「おはよう伊達さん。レポートのフィードバック返しておいたから、後でチャット確認しておいてください」
「え? もうご確認いただけたんですか? 早いなぁ」
「伊達さん、まとめる力があるから、確認しやすいのよ。ありがとうね」
「いえ、恐縮です」
ミオは分け隔てなく柔和であった。
彼女の一番の美点は、料理でも仕事でもなく、その寛容さかもしれない。
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