第4話 武器

 ここに来て、真白はやっと理解することが出来た。


 彼女がおかしかったのでは無い。自分と彼女は、価値基準というものが、決定的に食い違っていた。それだけのことだったのだ。


 自分が狂っていると断じた彼女の頭はその実、極めて冷静に、的確な判断をしていた。


複数人の武装した人間に取り囲まれるなんて状況は、真白にとっては死地以外の何物でも無かったが、彼女にとっては危機にすら値しなかったのだ。


 自分が感じていた絶望は彼女にとって取るに足りない現象であり、打倒可能な障害だった。


 そのことを、今目の前で起こっている惨状。マシンガンとボディアーマーで武装した人間十人弱が成す術無く蹂躙されている光景を見て、真白はやっと理解した。




 彼女の動きは目で追いきれない程に素早かった。


 銃を撃つ前に間合いを詰める。そうじゃなくても弾丸を跳ねるように避ける。端から見ても彼女に銃という武器は全く機能していない。




 彼女の一撃は喰らうまでもなく重かった。


 彼女は拘束衣によって腕が使えない。その状態から放たれる彼女の攻撃……蹴りや頭突き、体当たりといった粗末な暴力は、当たる度に肉を殴る音ではなく、骨が砕ける音が聞こえる。ボディアーマーを着込んだ人間を急所を狙っている訳でも無く、腹に一撃でノックアウト。下手な銃撃よりも威力がありそうだ。




 そして、彼女の身体は信じられないくらい堅かった。


 今彼女は荷台の外で戦っている。荷台に乗り込んで来た敵は早々に組み伏してしまったのだから当然ではあるが、外で戦う上ではこの場合、大きな懸念があった。


それは走行中のトラックへの狙撃を成功させた、凄腕のスナイパーが目を光らせているということだ。


 そして、そのことに真白が指摘するよりも早く、相手は彼女が動きを止めた一瞬の隙を狙ってヘッドショットを成功させた。


 音速を超える速度で飛来する鉄の弾。受ければ勿論ひとたまりもない。


そう、普通ならただではすまない。しかし彼女は……。




「頭、グワングワンする」


「……なんでお前、生きてんだ?」


 外にいる奴等全てを戦闘不能にした彼女は、荷台の中に帰ってきた。頭に狙撃を受けた筈なのだが、大した傷を負っている様子もない。


致命傷に成り得る一撃も、彼女の前では「ウザい」の一言で片付けられてしまった。


「どうってことはない。やる気の問題。頑張れば出来る。余裕」


「出来るか!普通は頭が吹き飛ぶんだよ!」


「うぅ……声響く、真白うるさい……」


 そう言って彼女は肩を窄めて蹲る。見た目に外傷は無いが、流石に全快、という訳では無さそうだ。


 いや、生きている時点で十分おかしいが。


「お前……本当何もんだよ」


 人間離れした身体能力に耐久力。そして身に着けている拘束衣。明らか、予想していた誘拐された良家の娘という感じはしない。


 そもそもこの拘束衣は何の為のものなのか?彼女のこの凄まじい戦闘力を抑える為のものなのか?それにしては彼女は大して拘束衣を苦にしてる様子も無く、しかも脱ぐそぶりも無く拘束衣を受け入れているように真白には思えた。


 彼女に対する謎は深まるばかりだった。


 そうこう考えている内にもう回復したのか、彼女はいつの間にか立ち上がっており、座り込む真白を見下げていた。


「私が何者か?私は、真白の武器」


「武器?」


 彼女は頷いた。


「うん。さっき言った。真白のことは覚えたって」


 出会ってすぐのやり取りを思い出す。彼女が真白の指に噛みついて、血を飲み込んだ時、「覚えた」と彼女は確かにそう言っていた。


「私は真白のことを覚えた。真白は私の所有者になった。持ち主が決まったなら、私は今から真白の武器」


「……だから、どういいう意味だよ?」


 彼女のいまいち要領を得ない回答に、そう問い返す。


「……?だから、真白の武……」


「ああー!もう!そうじゃなくて!俺のものとかそういことじゃなくてさ!お前が武器ってのはどういう意味だって、聞いてんだよ!」


「……武器は武器。それ以上でもそれ以下でもない。やっぱり真白、ちょっと変」


「俺が悪いのか!?いいや!武器武器言ってるお前の方がおかしい!だってお前はどう見ても……」


 「人間だ」と続く言葉を真白は飲み込んだ。


「ほら、真白の方がおかしい」


 言い淀んだ真白に対して、彼女はまるで思考を読んでいるかのように言葉を被せる。


「さっきやったこと、真白に出来る?」


「それは……」


 出来る訳が無い。先程彼女が見せた、驚異的な身体能力。そして武装した人間十人弱をいとも容易く退けた、戦闘というよりも蹂躙という表現が似合うような、圧倒的な戦闘能力。


人・間・と形容するにはあまりにも外れた存在だ。


「真白は変。というより、頭が固い。常識という、思い込みに則しすぎている。想像力が無い。もっと、ありのままに、解釈すべき」


 現実は、彼女が人外の存在であることを雄弁に語っている。それを否定しているのは、単に真白の思い込みだ。


自分都合の考えを、押し付けているのに過ぎない。


「だけど……」 


「じゃあ……」


 彼女はさらに言葉を被せる。真白のささやかな抵抗を、有無を言わせず先回りして潰す。


「真白以外は、どう思ってる?」


 自分以外は、彼女のことをどう思い、どう扱っているか、そんなこと、答えは考えるまでも無い。


 中身が物だと知らされての依頼。


強引な輸送に、生存を度外視した強襲。


周りの人間、誰一人として、彼女のことを人として見ていない。


 彼女をまるで、物のように扱っている。


いや、まるで、ではなく、実際に彼等彼女にとって、実際に彼女は「物」なのだ。


「私は武器。周りもみんな、そう思ってる。違うのは真白だけ。一人だけ違う真白は、やっぱりおかしい」


 彼女は真白の問いかけにおいて、自分が誰の物なのかという、そのことだけに回答していた。


それはつまり、彼女はそれ以外の事について、疑問の余地が無いと思っていた、ということを示している。


自分が武器であること、誰かに使われる「物」であり、所有されるべき「物」として扱われていることは、彼女にとっては考えるまでも無く、意味を語るまでもなく、至極当たり前のことだったのだ。


前提が丸っきり異なっているのだから、話が噛み合わないのも当然だ。


 価値基準の決定的な食い違い。


 むしろ彼女の言う通り、少数派なのは真白の方だ。周囲が持っている常識が欠如しているのは、真白の方だった。


 真白が勝手に考えを押し付けて、勘違いしていただけであり、真白以外は彼女が武器であるという共通認識で、上手く物事が回っている。


真白だけが、あらぬ方向に空回っていただけなのだ。


「私は武器。真白は所有者。真白は私を使う。私は真白に使われる。それだけでしかない。それが、一番大事」


 そう言って少女は腕の動きが制限されているのにも関わらず、器用身体を使って真白を背負った。


 まだ回復仕切ってない真白は大した抵抗も出来ずにされるがまま、背負われる。


「な、何すんだ?」


「武器の役割は攻撃と防御。真白が死んだら私の意味が無い。だから、早くここから出る」


「は?何で?」


外ではまだ、スナイパーが狙っている。彼女はともかく、真白は外に出たらその瞬間、撃ち殺されるだろう。


 それなら荷台の中にいた方が真白にとっては安全だ。


「弾の角度と音の遅れから、相手の居場所は遠い。反撃は面倒。逃げた方が楽。それに真白も見つかったらヤバい、でしょ?」


「……まあな」


 真白は違法の運び屋である。


 このまま発見されればまずは事故の被害者として扱われるだろうが、その後、何故港でトラックを乗り回していたかを問い詰められれば非常に不味い。


「んだけど、どうやって?俺をを抱えて、さっきみたいに動けるいのかよ?あっちからしたらただの的になる。


「たとえ動けたとしても、動きの先読みで当てられる。でも、それは動きが平面だから」


 彼女は真白を背負ったまま、あと一歩で荷台の外という位置まで移動した。このまま行けば、スナイパーの餌食になるのみである。


「相手は弾がどれくらい落ちるかを計算しなきゃいけない。だから急激な高さの変化には対応しづらい。上から狙ってるなら尚更。つまり、飛べばいい」


「飛ぶって……」


「掴まって」


「ん?あ、ああ~?!!」


 その時、急激な下向きの慣性力が真白を襲った。


 少女が勢いよく上へと加速、跳躍したのだ。


 空気。重力。それら障害を彼女は自身の人間離れした脚力により強引に突破する。気づけば二人は、地上から数十メートルは上空にいた。


 眼下に広がる景色には、港に立ち並んでいた巨大なコンテナ群すらも小さく見える。、


「むー、思ったより飛ばない。真白重い」


 少女はこの高さにも不服なようだった。しかし真白は……


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!お前馬鹿か?もうちょっと加減つうか、せめて飛ぶって先に言っとけよ~!」


 少女の小さな身体に必死にしがみついていた。


「真白うるさい。そんなに高いところ嫌い?」


「嫌いとかそういう問題じゃなくて!」


「でも大丈夫」


「何がだ?!」


「もうすぐ落ちる」


「は?ああああああああぁ!」


 少しの滞空の後、今度は下向きに急激な加速が二人を襲う。


 自然法則に倣い、落ちていく。


「よい、しょっと」


 下の景色が段々原寸大へと近づいて行き、着地するといった正にその瞬間、少女は一度くるりと身体を回転させた。


 そうすることによってタイミングを調整た彼女は、そのまま地面に向かって両脚で思いっきり蹴りつけた。


 周囲に轟音が響き、爆風が巻き起こる。クレータ状にえぐれた地面の中心には少女が五体満足で立っており、彼女に背負われた形である真白もやつれた顔つきではあるが無傷に空からの帰還を果たしていた。


 人一人背負っても数十メートルの高さを容易に跳躍する脚力を用いたその蹴りは、落下の衝撃を相殺するには十分な威力だった。


「はあ、はあ……し、死ぬかと思った……」


「真白は大袈裟」


「お、お前なぁ……はあ、はあ」


 彼女の常識外れの物言いに、息も絶え絶えの真白は返事をする余裕も無かった。


「はあ……で、ここからどうするんだ?」


 かなりの距離を飛んできたが、それでも広大な港を出るに至ってはいない。


「ここは相手の狙撃の角度から導き出した死角。相手の射程距離は分からないけど、少なくとも港を出るまでは安心できない。一回の飛びで出れるのが理想。でも真白が耐えられなさそうだったからこの死角に着地した」


 あの跳躍も彼女には加減した結果であるとは恐ろしいことではあるが、それ以上に、真白には聞き逃せないことがあった。


「あー、つまり?」


「あと数回飛ぶ」


 少女は無慈悲に、そう真白に宣告する。


「お、降ろしてくれー!?」


 そんな真白の懇願を無視し、少女は真白が降りる暇を与えず、再度跳躍した。


 一度飛んでしまえば、真白は彼女に掴まることしか生還の手段は無い。そして着地後は彼が落ち着く暇を与えず、また彼女は飛ぶ。


 結果、真白は彼女から離れることは出来ず、この死と隣り合わせの体験を何度も受け続けることになる。


 真白の涙交じりの絶叫は、夜の空へと消えて行った。

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