第2話 出会い

 深夜、都市一の広さを誇る港を、一台の大型トラックが走行していた。明かりの少ない道を走っているのにも関わらず、そのトラックはライトを付けずにまるで闇に紛れるように移動していた。


 トラックは港の中でも特に目立たないよう、端の方に寄せて停車した。停車したトラックからは二人の男が出てくる。


 一人は恰幅の良い中年の男。もう一人は金髪の若者だ。


 男達はそそくさと近くにあるコンテナの一つの鍵を開けた。コンテナの中は人が不自由なく通れるくらいには空間にゆとりがある。男は荷物を一つ一つ確認しながら中へと進んで行き、自分よりも二回りほど大きい、アタッシュケースをさらに大きくしたような金属製の箱を前にして足を止めた。


「よし、これだ」


 金髪の若者も男の後に付いて荷物を見上げる。


「でけえっすね~、こりゃ普通の荷台じゃ運べない訳だ。重そ~」


「無駄口叩いてる暇あったらさっさとは積むぞ」


 中年の男は箱型の荷物の後ろ手へと回り込んだ。


「へいへい~」


 若者は気怠そうな返事をしながら腰を落とす。


 この如何にも重そうな箱を運び出して、乗ってきた大型トラックの荷台に詰め込む。そのまま運転席に乗り込み、再びトラックを走らせた。


「しっかし、何なんすかね~。あんなでかいの」


「知らねえよ。ま、俺らが運んでるんだから、堅気のもんじゃねえわな」


「……っすね」


 二人は所謂運び屋だった。高額な報酬の代わりに、依頼があればどんな物でも運び、届ける。荷物の内容、届け先や顧客の情報は一切漏らさないし、詮索もしない。


 そんな二人に舞い込む依頼は、公に出来ない曰くつきのものが殆どだ。


 増してや、犯罪都市では尚更だろう。


「大抵はクスリか銃火器……あの大きさと重さじゃ後者だろうな」


「おお怖い。ある意味ここでは日常っすねぇ~」


 若者の軽口には答えず、中年の男はアクセルをより深く踏み、速度を上げる。


「そんな急がなくてもいいでしょ、このまま安全運転でもちゃあんと時間通りに着きますって」


「馬鹿野郎、今の俺らは密輸犯。立派な犯罪者だ。いつどこで警察に目を付けられるか分かったもんじゃない」


「警察?」


 若者は不愉快そうに頬杖をつく。


「んなの建前上の、でしょ。本気で取り締まる気があるなら、そもそも荷物が港に入れてることがおかしい」


「そりゃあ……」


「いいじゃないっすか。今後ろに乗ってるやつで誰が堕ちて誰が死のうが、それで国は得をする。だから見逃すし、俺らはおこぼれを貰える。ほんっと、最高だ」


 最高。そんな言葉を使う割には、若者の顔にはかけらの笑みも無かった。


「……苦労してるな」


「……それはお互い様でしょ」


 そこで会話は途切れる。


 車の走行音のみをBGMに、若者は手持ち無沙汰に窓の外を見る。


 トラックはちょうど角を曲がり、大きな道に出るところだった。立ち並ぶコンテナたちによって区切られ、明かりである程度照らされた道は、先程走っていた暗がりの道とは異なり見晴らしが良く、それによってトラックの速度も上がっていく。


 道にはコンテナ以外に目新しいものは無く、同じような景色が延々と続いている。男はそれを退屈そうに眺めていた。


 しかし、そんな静寂は長くは続かなかった。


 初めに、ガラスの割れる音が響く。


 その後すぐに赤い液体が勢いよく若者の方に飛び散る。


 若者が振り向くと、さっきまで運転していた中年の男がハンドルに寄りかかりながらこと切れていた。男の顔は先程まで顔だったものが原型を留めておらず、赤い血で染まっている。


「せ、先輩?!……わ!」


 車体は制御を失って右往左往する。


 慌てて若者は横から無理矢理男の身体をどかして何とかハンドルを握り、車体を安定させる。しかし行き着く暇なく、次に若者の目に映ったのは進行方向、曲がり角にそびえるコンテナだ。


 このまま行けば、トラックは正面からコンテナに突っ込んでしまう。


「……っ!くそ!」


 ブレーキを掛けながらハンドルを切る。トラックは側面を強くコンテナにぶつけながら、かろうじて停車した。


「はあ、はあ……、先輩……」


 息を整えて、改めて男の身体を見る。男の頭には大穴が空き、傷口からはまだ湯水のように血が滴れ落ち、息が無いことは見るに明らかだった。


「狙撃……か、やっぱり厄介ごとだったか。まあしょうがねえけど」


 若者は即座に屈んで、外からは見えない死角に入り込む。突然の銃による襲撃に対し、男は努めて冷静に、慣れた動きで対処した。


 男が運び屋として今まで届けたものは高価な非合法品や公にされたら不味い機密情報など、多岐にわたる。それらに共通して言えることは、誰かにとっては非常に有益な物であること、そして同時に誰かにとっては専ら不利益な物ということだ。


 よって、手段を選ばずに横取りしようとしたり、運送を阻止しようとする者はいくらでもいる。


 命の危機、それは彼にとっては最早修羅場にすらカウントされないくらい、ありふれた日常だった。


「金は惜しいが、ま、命第一だよなあ」


 若者は即座に逃げの一手を選択する。


 目先の欲に執着せずに、即決逃避。


 それが彼が運び屋業で培った生き残る為の処世術だった。


 射線に入らないよう死角を縫って移動し、ドアを開けて外に出る。


 すぐにトラックから離れようとするが、後方から黒いワゴン車が近づいて来るのが見えた。明らか、事故を見て救助に来た様子ではない。


「うほ!逃がさねえつもりか?こちとらただの一般人ですってえの!」


 こんな夜更けに人通りの無い場所で見計らったようなタイミングでの来訪者、十中八九自分と同じ違法者だ。


 狙撃手が獲物の自由を奪うための足止めなら、あれは差し詰め獲物を確実に仕留める為の本隊だろう。


 平伏したとて助かる見込みは薄い。違法者の命は恐ろしく安いことは、先の同業者が狙撃されたことでも分かるように、裏社会では常識だ。現場に居合わせたというだけでも彼等にとっては十分、若者を殺す理由になる。


「……タダで死んでやるかよ、糞野郎」


 穏便な解決は望めない。彼はトラックの荷台のシャッターを開けて中に入る。気休め程度にはなるだろうと、一応中から閉めておく。


 荷台に乗り込んだのは逃げる為ではない、逃げの手段は相手に完全に潰されている。


そうではなく、相手を迎え撃つ為に、彼は行動したのだ。


 敵の人数は不明。武装もしているだろう。対して若者は丸腰だ。体力だって人並の域を出ない彼と、相手との戦力差はさながら像と蟻、戦車と豆鉄砲だ。


 だから彼には武器がいる。それも、思いっきり強力な武器が必要だ。


『大抵はクスリか銃火器……あの大きさと重さじゃ後者だろうな』


 若者は男とのやり取りを思い出す。


あれだけの大きさと重さ、それに高い報酬。猫の手も借りたい若者にとって、縋るには十分過ぎる希望だ。


「頼むぞ~、バズーカとかマシンガン、せめて拳銃の一本でも……」


荷台の中には依頼されていた品以外にも、万が一調べれた時の為にカモフラージュとして他にも大量の荷物が積まれており、それらを掻き分けて、先程運びんだ自分の身長よりも大きな箱を確認する。


依頼主が大枚をはたいて運ぼうとした荷物だ。箱には当然、鍵が掛けられている。鍵穴は二つ。


 若者は動じずに鍵穴を覗き込む。そして懐から取り出した二本の針金を、一つの鍵穴に差し込んだ。


 二本の針金をまるで手足のように巧みに操り、カチャリ、とものの数秒で解錠してしまう。同じ要領で、もう一つの鍵も難なく無力化する。


 卓越したピッキング技術。これもまた若者が生きる為の処世術。なし崩し的に身に着けた技術であり、偶発的に開花した才能でもあった。


 若者はさしたる達成感も感じずに、針金を懐にしまって、箱を開ける。


 箱の中身は大きく、分厚い白い布でくるまれていた。それを乱暴にひっぺがす。


「……は?」


若者は思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。


箱の中――そこにあったのは期待した武器でも、何だったら物ですらなかった。


見た目は肌白く、触れると恐ろしく冷たい。瞼はピッシリと閉じられており、箱が開けられことにも気付いた様子なく、静かに眠りについていた。


著しく生気に欠ける出で立ちであるがその実、血が通い、薄くだが呼吸を行っている。


「女?」


生きた少女が、箱の中に収まっていた。

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