ネイクド・ブレット

哀畑優

第1話 犯罪都市

 そのことは予想に難くないことだった。


 少子高齢化に、それに伴う貧困化。人件費を安く済ませる為の外国人労働者の誘致。文化や人種の異なる人間を同じ国に、それも不況下の国に押し込む、正に闇鍋状態。


 国民の不安と不景気が高まることで、倫理観が薄れて個人主義の傾向がより強くなる。


 自分の生活の為に他人を食い物にしても良いと考えるようになり、生き残ることに終始する。今日食べる為に盗みを働き、主張を通す為に暴力に訴え、自身が秀でる為に他人を欺く。そうやって違法行為に手を染める人間が増えていく。


 国自体も貧しくて人手不足なのだから、政府にはそんな国民の流れを抑える力は無い。


 結果、治安が乱れて犯罪率の増加は一途を辿る。


 子供でも想像できる、単純な論法だ。


 人間の長い歴史の中で前例も多々ある、正に約束された未来図。


 いつ爆発するかが分からない時限爆弾、それがこの国の現状だ。


 近い将来、国が陥るであろう絶望的な未来への対策は、政府にとっても急務であり、そこで国が打ち出した方針は、驚くべきことに犯罪の容認だった。


 敢えて一部の地域での犯罪規制を緩め、そうして削った分の費用や人手を他の地域の犯罪抑制のに当ててしまう。そうすれば多くの地域での治安は担保される。


 また、犯罪を半ば容認されるということは国民の社会への不安や不満といったやり場の無い負の感情を発散させることにも繋がり、適度なガス抜きになるため、国家テロ行為等の国を揺るがす大犯罪に発展しづらくなる。


 割を食ってしまう一部地域にしても、犯罪が頻繁に起こる場所が限定的になれば、警戒する範囲も限定されるので警察も対処しやすくなる。つまり殆どの地域には原因療法を、一部の地域には対処療法といったようにメリハリがつくようになり、適切に人員を配置することで警察の動きも効率化する。


 正に、国としては一石三鳥の妙案だった。


 犯罪増加の原因は国の不景気によるものであり、それを改善するには人と金、なにより時間が足りない。


 犯罪率の増加は止められないあれば、ならば出来るだけ増加の流れを緩やかにし、そしてコントロールしようと考えたのだ。


 政策がまとまれば、政府の動きは早かった。それほどまでに切羽詰まっていたとも考えられるが、ともかく議会制民主主義としては珍しく異例の速さで行われた。表向きは犯罪発生の確率が低く見積もられるという理由で、一部地域の警察予算の削減、縮小を実行。


 当然、国民からの反発はあったがそこは民主主義だ。この政策には治安が守られる、つまりは得をする人間の方が圧倒的に多い訳で、少数の抗議はまともに取り合って貰えずに潰れて行った。


 しかし、そこに住む人間も国に見捨てられた形になって黙って見てるほど自己犠牲的では無い。自分の住む場所の治安が悪くなると分かっていて、それでも住み続けるような人間も少ないだろう。そんな場所に住む人間は減っていくことは必然だ。それについても政府は対策を行った。


 物価の低下、一部税の免除など、その地域で生活する上で、あらゆる特典をつけることで元々住んでいた人を留めようとした。しかも生活の苦しい身の上の人は敢えてそこに移り住むこともあったという。面白いことに、政策を実行する前よりもその地域の人口は増えるようになった。


 これによって当初の、削った予算と人員を他の治安維持に当てる、ということは難しくなったが、それでも犯罪発生地の予測と対策の容易さ、国家レベルの犯罪の抑制によって得られる恩恵は甚だ大きい。政府は気にせずに政策を続けた。


 政策は順調に進み、そうして出来上がった一部地域は政府の裏の思惑を汲み取り、"犯罪都市"と揶揄されるようになった。


 犯罪都市の効果は実際に出ており、犯罪都市の犯罪件数は政策施行前の数百倍になったが、他の地域は反比例して減少した。


 


 当時の政府としても苦肉の策だったに違いないその政策は、しかし一定の成果を得ることになったのだ。




 そう、当時は苦肉の策だった。しかし、そこに国に想定外の利益が生まれてしまった。


 需要が高く、単価の高い違法薬物や銃火器の売買。国の想像以上に犯罪都市は経済面で潤い、独自の戦力を保有するようになった。都市を運営する議員、地方自治体の一部もその恩恵を受け、犯罪都市によって得られた利益は国の中枢にも流れ込み、都市の犯罪者たちは国家運営の一翼を担ってしまうようになってしまった。


 初めはガス抜きさせる程度だったのに、いつしか都市は能動的に犯罪を誘致するようになった。容認ではなく、推奨されるようになった。


 経済特区ならぬ犯罪特区。


 犯罪の中心であり、経済の中心。それはつまり、国の中心。


 犯罪都市、刈黒市。


 


 ひどく歪んでしまった国を象徴する、負の遺産である。

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