第24話 隠蔽工作

 忠雄と文代は口論となり、忠雄は薬物の影響もあり自暴自棄になり、キッチンに置かれていた果物ナイフ刃物を握りしめ、文代に対峙した。文代は命の危険を感じた。


忠雄「俺が邪魔なんだろ。殺したければ殺せばいい、ほら」


 と文代の足元に果物ナイフを落とし、ダイニングチェアにドカンと座った。文代は取らなければ自分が殺されると咄嗟に拾い上げ、刃先を忠雄に向けた。


忠雄「知ってるぜ。渥美と関係を持っているだろ」


 渥美とは渥美猛であり、忠雄とは薬物仲間であり、忠雄への不満をぶちまけ、慰めて貰う内に男女の関係を持つ仲になっていた。


 文代は返答に戸惑ったがいい機会だと開き直った。


文代「そ・そうよ。あなたが不甲斐ないからよ」

忠雄「言ってくれるねぇ。俺は別れないぜ。浮気をしたのはお前

   だ。生涯償って貰うぜ」


 自分と息子の圭祐・雄太の将来を考えれば忠雄は邪魔以外何者でもない屑に文代には思えた。薬物の影響か虚ろな目の忠雄を見た瞬間、感情が高ぶる前に反射的に椅子に座っている忠雄に向けて両手で持っていた果物ナイフを勢いよく振り下ろした。刃物の刃先は、忠雄の首元から入り、肺にまで達していた。

 忠雄は椅子から転げ落ち床に倒れ込んだ。倒れた忠雄の首元から大量の血が溢れ出していた。幾度か痙攣した後、忠雄は、全く動かなくなった。


 「死んだ?」


 文代はしばらく静観した後、自分が犯した罪に怯えた。混乱の中、文代は何を思ったのか無意識に乱れた椅子を整然と直し、刃物を忠雄から抜き取りテーブルの上に置いた。文代は自分がしたことを覚えていなかった。

 文代の脳裏に浮かんでいたのは息子の圭祐・雄太への思いだった。息子たちは何事もなかったように寝息を立てていた。「どうしよう」。文代は自分の事をよく知っていてくれる愛人でもある渥美猛に連絡を入れた。渥美猛は安田忠雄とも薬も含め交友があった。


猛 「どうした?」

文代「忠雄をやってしまった」

猛 「やったって、殺したのか、なぜ…、いや、直ぐ行く待って

   いろ。玄関は開けておけ」

文代「わかった」


 渥美猛は深夜の空いた道を車で急いだ。車内で猛は思っていた。文代が忠雄を殺した。忠雄は文代との関係を薄々は知っているが知らない振りをしていた。それが猛には不気味に思えていた。あいつの事だ、金がなくなると文代の件を持ち出して金を要求してくるかもしれない。文代が猛を殺してくれたのは好都合だった。文代を今後、気兼ねなく抱ける。今回の事で恩を売っておけば、文代を性奴隷にもできる。そう考えると何としても文代を逃さなければならない。考えたがいい考えが思い浮かばないまま文代の家の近くまで来た。文代の家と少し離れた場所に車を停め、そこから徒歩で文代の家に向かった。指示通り玄関の鍵は開いており、二階のリビングまで静かに駆け上がった。文代はダイニングチェアに座り、テーブルの上に肘をつき頭を抱え込んでいた。


猛 「もう、息はないのか?」

文代「多分…。私どうしたらいい?警察に…」

猛 「待て!圭祐と雄太はどうするんだ」


 文代は孤独と恐怖からの開放感から涙が溢れ出た。


猛 「どうする?どうする?あっ!そうだ。表の車、忠雄の親父

   の車だよな」

文代「そうよ」

猛 「なら、親父に電話しろ。車を取りに来いと」

文代「なぜ?」

猛 「第一発見者がお前なら拙いだろ」

文代「でも…どうやってお父さんを呼ぶのよ」

猛 「…あっ。車を取りに来てくれって。忠雄が薬をやって、車

   で出かけようとしているからって言えば、自分の事業の後

   を継がせようとしている親父さんのことだ、深夜だろうが

   飛んでくるはずだ」

文代「それで大丈夫なの?」

猛 「親父の仕事を継ごうと思っているって忠雄から聞いていた

   からな。そんな息子が薬物で事故でも起こしたらと考えれ

   ば眠い目もパッチリ開くさ」

文代「真面目に働く気になったってこと」

猛 「息子らのためにもな」

文代「そんなの私、聞かされてないわよ」

猛 「薬から逃げられないで悩んでいたからな」

文代「そんなぁ」

猛 「今はそんな話をしてる場合じゃない。さぁ、親父さんに電

   話しろ」

文代「わ、分かった」


 文代は猛に急かされ思考力が停止し、言われるまま行動した。


正雄「どうしたこんな夜中に」

文代「ごめんなさい。忠雄が薬をやって車で出かけようとしてい

   るのお父さんの車で。事故でも起こしたら…」

正雄「あいつー。分かった。直ぐ、車を取りに行く」

文代「子供が寝ているの。玄関は開けておくから。私は圭祐の部

   屋にいるから」

正雄「分かった」


 正雄の家から忠雄の家までは徒歩で10分程度。深夜だから人に会う事もなく着いた。「こんな所に停めて、忠雄の奴」とぼやきながら玄関の扉を開け、二階のリビングに向かった。電気が消えていたので点けた。「あっ」。




 








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