第3話 粛清

 狂った世の中、正すのは

 狂った者を裁き弾き出すこと

 更生、公正、後世のため

 腐った林檎は捨てるだけ。

 搾って 搾って 搾り上げ

 筋、皮残れば犬の餌

 犬も食わねぇ~か


 義は仁とのやり取りを閻魔大王に報告した。


大王「首尾よく、か、うん」

義 「暗澹たる思いですが」

大王「ま、そう言うな。踏み出さなければ始まらない」

義 「そうですが」


 義は大王の意志には同調はするが、方法論が未確定過ぎた。関係各所との関り方も前例がない。住む世界が異なる者との駆け引きもある。前途多難の船出だった。


大王「話は変わるがCelabeの証言者になった娘、良いな」

義 「彼女はまだ亡くなっていません」

大王「生霊を使えばいい」

義 「冥土喫茶の再開ですか」

大王「死霊だけでは情報が足りない」

義 「魂界の者を使えばいいではありませんか」

大王「それも考えたが奴らが動くのは、憑依できる対象者の関連

   に限る。誰にでもと言うものではない。基本、奴らが憑依

   するのは凡人か善人。生粋の悪人には見向きもしない。必

   要なのは悪人の心理」

義 「それは危険です。木乃伊取りが木乃伊になる、と」

大王「先人の教えは神の教え。強い気持ちで立ち向かっても達成

   感・蹂躙・自分自身の存在感、何より他の事を考えなくて

   いい。それが周りを見え失くし、見なくなる孤独感。それ

   を埋めるように虐待行為に走る。怯えと苛立ちの裏返しだ

   本人が気づけないのが厄介だ。孤独は危険だ、だからそち

   を側に置いている」

義 「だとしても危険です。この病は正誤の判断を溶かします。

   私とて大王は邪魔な者として考えるのが楽になり、遠ざけ

   るのは明らか。幾多の失態を目の当たりにしてきていま

   す。私はそうはならないと思う気持ちこそ、魔の突きいる

   隙」

大王「確かに。知らず知らあずには逆らえないか」

義 「悪意とは破壊。一瞬の快楽です。この感覚は、喪失感より

   略奪を良しとします。その方が楽ですから」

大王「楽…と言えば警死庁死霊課粛清係には特権がある。裁き所

   での判決を行うことなく即断で裁けることだ。明らかな罪

   人であり猟奇的なものに限定されるがな」

義 「猟奇的な判断は?」

大王「我らの独断で良いとの天界の裁き所・雷界からの許可を受

   けておる。可笑しな犯罪が増加したための迅速化だ」

義 「それだけ権限が強化されたと言う事ですね」

大王「いや、杓子定規では補えないものが増したのだ。起因にな

   った案件がある。これは他の裁き所での記録だ」


 大王の視線の先に映像が映し出された。


判事「名を述べよ」

被告「マハー・グル・アサヒラ」

判事「ふざけるな、答えよ」

被告「…」

判事「一問に二度目の嘘には激痛が与えられる。ここは災高裁判

   所だ。拷問・虐待を用いても吐かせる。名前は」

被告「私はグル(尊師)だ。言葉に気を付けろ」

判事「では、」

被告「待て。待ってくれ。誰かが私に命じているんだ、声が聞こ

   えるんだピーひょろろ、ふにゃむにゃ、飯はまだか」

判事「仮病か、いや精神を破綻したいか、叶うか、ここでは」


 判事は、何を行っても無駄だと判断した。反省などない。無能な者は窮地に追い込まれれば自暴自棄になり全てを放棄し、忘れ去りあらぬ世界に自らを置く。都合のいい世界を創り上げ、そこへ逃げ込み現実逃避する。そのような者を廃人と呼び、裁き所は

相手にしなかった。


 判事は被告の略歴を観た。


 畳職人の親の子9人兄弟の7番子・沫元千鶴夫として生まれる 。家は超貧乏で生まれつき片目がみえない。6歳から寄宿性の盲学校に入れられる。 口減らしとの噂も。20歳で学校を離れるまで親は一度も会いに来なかった。学校では周りの人間を利用して卒業までに300万貯める 。東大法学部卒の政治家となり総理大臣になるために予備校に通うが断念し、起業する。 漢方薬をアルコールに漬けたものを神経剤として売って1年で4000万稼ぐが薬事法違反で逮捕 される。次にヨガ教室を開く。会員が増え税制上有利な宗教に切り替えて鶴心裡教団を設立。千鶴夫は自分を家光の生まれ変わりと信じ、名を麻平焼香とし、好みの女性信者と性的修行として次々に関係を持つ。その数100人を超えるもその99.9%が喜んで修行を受け入れていた。血を飲ませ、精液を女性らに口移しさせ、女性の陰毛を試験管に入れ保管。女性信者のうんこを食べる。男性には禁欲を徹底させた。セックスは破壊、性欲は邪魔なものと解いていた。悪行三昧が就き極刑を受ける。


大王「可笑しな輩の行う事は同じだな」

義 「現・政党党首にもいましたね。排泄物が好きな奴が」


 執行日、午前七時半過ぎ、麻平の独居房にいつもと違う刑務官が「出房だ」と声をかけてきた。二人の刑務官に両腕を抱えられた麻平は「チクショー。やめろ」と叫びながら独居房から出る。三人の警備担当者に身体を押され死刑囚舎房の通路を歩き、長く薄暗い渡り廊下を通って、何の表示も出ていない部屋の前に連れていかれた。ギギッ、待機していた刑務官二人の手で扉が開けられた。分厚いカーテンがかかった狭い通路を進むと急な階段が現れた。麻平はブツブツと小声で何か言い、四人の刑務官に押されるように階段を上がった。麻平はブルッと身体を震わせた。階段を上がった部屋には、五人の男たちが待っていた。

 正面に拘置所長、その後ろに検事や総務部長ら拘置所幹部がいて、横には祭壇が設けられ、教誨師の僧侶も立っていた。何もしない。排便も風呂も運動も自分では処理しない。食事で少しは瘦せたが吊り下がった体はミノムシのようにフラフラと揺らいでいた。呆気ない最後だった。


判事「反吐も出ない所業だな。目には目を歯には歯を。無慈悲な

   者の元で虐げられた者に相変わって苦しめばよい、永遠に

   な」


 足元が溶けてなくなると麻平は闇深く吸い込まれていった。


 人間界には多種多様の地獄が描き記されている。それは「目」と「歯」の様々な有り方が独立して描かれたものであり、判決としては「目には目を歯には歯を」が主流だった。


義 「災高裁判所など聞いたことがありませんでした」

大王「知り得るものが全てではないと言うことだ」

義 「木乃伊取りが木乃伊になるは私への忠告だったのですね」

大王「権限を握れば判断は身勝手なものになる。自分の正義は必

   ずとも他の者の正義ではない。真実のみが事実だ。確証が

   あるものは躊躇わず裁くがいい」

義 「肝に銘じて」

大王「そなたに肝などあったのか、あははははは」

義 「肝とは揺るぎない決意のこと、笑う事ではないですよ」

大王「これは一本取られたは。あはははははは」

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