第8話 同じ星空をみている

いつの間にか森は抜けていた。

アレグリアは後ろを振り向く。

「それでアレグリアったらさぁ、

「大丈夫ですか?」ってぶつかってきた少年に

謝ったらさ、子供が「顔が怖いよぉ!」って

更に大泣きしてさ!」

「やべぇじゃんかそれ!温和な顔しろよぉ!」

既にシエッドとマールは仲良さそうにしていた。

もう既に日は落ちており、

空には星が煌めいている時間帯なのに

出会った瞬間からずっとこの調子だった。

「二人共、そろそろここらで明日を待ちましょう。」

「え〜アレグリアぁ!あんな寝床寝床言ってたのに

こんな野原で野宿するの〜!?」

「仕方ありません。

疲れも溜まっているでしょうし、

マリシア国まではまだ先でしょう。」

「アタシは野宿に慣れてるからいいぜ〜。」

シエッドはそう言い終えると、仰向けに倒れた。

「見ろよ、ここの野原は星が綺麗なんだぜ。」

マールがすぐに仰向けになったので、

アレグリアもおずおずと倒れてみる。

確かに綺麗だった。

まるで黒のドームに光を付けたようだった。

これほど綺麗な星を見たのはいつぶりだろうか――。

ある星の一つが、他の星より一層爛々と輝いていた。

「あ〜お腹空いたなぁ。お風呂入りたいなぁ。

脚も疲れたなぁ。シエッドについて聞きたいなぁ。」

マールは脈絡なくシエッドに質問する。

「アタシか?何について話そうかなぁ。」

「では、シエッドはどうやって戦うのです?」

「色んな武器を使うんだ。魔法銃とか剣と色々。」

アレグリアは横手にいるシエッドを見やる。

一見手ぶらにしか見えない。

「武器はそのまま持ち歩いてなんかいねぇよ。

何十種類も持ち歩いてたら肩がポロッと取れるぜ。」

シエッドは察したようにこちらを見ずに話してくれた。

「小さい布袋があってな、それにアタシの武器が全部入ってるんだ。」

「えっ、それって凄いやつじゃん。」

マールが起き上がってシエッドを見ている。

本当に驚いているようだ。

「凄い?ただの魔法道具ではないのですか?」

「アレグリアって意外と脳筋なの?

私とは結構な時間過ごしているのに……」

馬鹿にされて少しムッとなるが、

否定しきれないのでやりきれなさを感じる。

「魔法にも凄い凄くないってのがあってね、

シエッドのその布袋なんかは凄いやつだよ。

ちなみにそういう魔法はそのまんまの名前で

最高魔法って言うよ。

シエッド、その布袋の大きさはどのくらい?」

「これくらいだぜ。」

シエッドは手で小ぶりな円を描く。

手のひらに乗るサイズだ。

「やっぱり凄いやつだよそれ!

その布袋の中は異空間に繋がってるよ!」

マールは幼い少女のようにワクワクしている。

「他にはどんな最高魔法があるのですか?」

「時間停止とか、単純に魔法の威力が凄かったら

最高魔法って呼ばれたりするよ。」

「なぁ、その布袋なんだけど

マリシア国のどっかで失くしちまったんだよな。

お前ら一緒に探してくれねぇか?」

「えっ?」

「え?」

シエッドは手を合わせ、首を傾け、ウィンクしている。

「メンゴ!」


マールがシエッドに飛び掛かって数分後、

アレグリア達はまた仰向けになって星空を眺めた。

一際輝いていた星の輝きはいつの間にか、

周りの星と同じ控えめな輝きに戻っていた。

「次はアレグリア達について聞かせてくれよ!」

「そんなに知りたいかシエッド!

私達についての偉大な話を聞かせてやろう!」

アレグリアにげんこつをくらったマールが

誇らしげに口を開いた。

向上心や、魔法への探究心は素晴らしいのだが。

「ブリムオン国のこととか、

ネグロ国王ってジジイのことはわかったからよ。

他の凄い騎士とかいねぇのか?」

「ジジっ……」

アレグリアは驚き過ぎて怒りすら沸かなかった。

今の王に信仰を持っているかと言えば

嘘になってしまうのだが。

「まあまあ、アレグリア。にしても、他の騎士、ねぇ。」

マールが思い悩むように、腕を組んで星空を仰ぐ。

「アイツやばかったよね、四大騎士のナイファー。」

アレグリアはその名前を聞き、思わず顔をしかめた。

「アイツはよくわからない奴でした。」

「アレグリアったら急に不機嫌になっちゃって〜。

でも確かにずっと言い合ってたよね、二人。」

「お!ヤベェやつか!?

ていうか四大騎士ってヤバそうだな!」

「うん!アイツ能力からしてヤバいもん!死者を操る能力だっけ?詳しく知らないんだけど。」

「そんな感じの能力でしたね。詳細は私も知りませんが。」

ナイファー。彼とは良い思い出はない。

騎士団は民を助ける心優しい者ばかりと思っていた。

だがナイファーは民なんぞ何とも思っていなかった。

アレグリアはナイファーとの思い出を回顧する。


あれは街にある凶悪犯が現れた時のことだった。

凶悪犯は民を人質に取り、硬直状態が続いていた。

人質に被害が及ばないように解決する手段を

アレグリアや他の騎士団が思い悩んでいると

ナイファーは単身で凶悪犯に突っ込んだのだ。

無数の死者を率いながら。

結果として、凶悪犯は民には傷を付けなかった。

最初から単なる脅しだったらしい。

だが、万が一ということもある。

民の命がどうなっても良いのかと聞けば、

「民なんぞ眼中にない。」と返された。

ナイファーは謹慎や罷免を受けると思っていた。

彼の発言も報告したからだ。

しかし、ナイファーは注意どころか、称賛された。

賢明な判断で、よくぞ凶悪犯を倒した。と。

思えばその時から疑えば良かった。王を。国を。

アレグリアは自責の念を抱いた。


「四大騎士ってみんなヤベェのか!?」

シエッドがアレグリアの暗い考えを

星のような輝きを帯びた目で問いかけ、晴らした。

だが変な勘違いをしている。

「シエッド、四大騎士というのは実力は勿論、

民からの信頼もなければ任命されなくてですね――」

「結構実力重視だったけどね~。

あとヤバイ奴ばっかりだよ!

ちなみにアレグリアは信頼も実力もあったから

四大騎士の更に上!騎士団長だったんだよ~!」

「だったではありません。今もです。」

「え〜、そうかな?だって追放みたいなもんだよ?

もうブリムオン国の騎士でもないんじゃない?」

「大丈夫ですよ。恐らく。」

騎士が天職だと考えているアレグリアは

あまりそこまで考えたくはなかった。

「ヤベェ奴は!?ヤベェ奴!」

「そんなに凄い人が好きなのですか?

それに、ヤバいんじゃなくて個性が強いだけです。

あと3人いるのですが、一人はコンティア。

彼女は確か、キュイという物語の大ファンです。

そしてオーラム。彼は異常に現金な男です。

最後の一人がグラン。彼女は――」

すると、シエッドが急にアレグリアの口に手をやる。

「あっ!能力は言わないでくれ!

初見ではっ倒してやるのが気持ち良いんだよ!

え〜と……コンプラ…?」

「コンティアね。別に名前覚えなくていいよ!

どうせいつか戦うことになるだろうし。」

三人は、星空を仰いだ。

「綺麗だろ?」

「そうだね~。なんだか星が降ってきそう。」

「なぁアレグリア。――アレグリア。おい、おい!」

「――ああ、すみません。どうしましたか?」

アレグリアは呼ばれていることに気付かなかった。

「どうした、心ここにあらずって感じだぞ。」

「すみません。何か、大事な人のことを

忘れてしまっている気がするんです。」

「普通忘れるか?大事なヤツのこと。」

シエッドは訝しげに顔を向けた。

「それはそうなのですが……。」

確かにその通りである。

だが、何か言いようのない不安感や虚しさが

アレグリアの胸の中を澱のように覆い尽くしていた。

それを吐き出すように、重々しく口を開く。

「私、その人と会えるでしょうか。

いや、会えたとしても、その人のことを思い出せるでしょうか。」

僅かな間の沈黙の後、シエッドが答えた。

「さあな。わかんねぇ。世界って広いしなぁ。」

綺麗な程に清々しかった。

「広いから、その人とは数万キロ離れてるかもだしな。――でもよ、」

シエッドの瞳は、星を映していた。

「どんなに遠くにいたって、この星に住んでるんだ。

どっかで食って、寝て、仕事して暮らしてる。

どこかで生きてるんだ。生きてるからこそ、

アタシ達にも、遠く離れたそいつにも、

共有できるもんがある。」

「それが空だ。この星空だ。」

アレグリアは空を見た。星空を見た。

「そいつもアタシ達みたいに寝っ転がって

この綺麗な星空を眺めてるかもだろ?

同じ星空の下で、同じ星空を眺めてる。

だから、寂しくないんだ。

星空を通して繋がってるんだ。」

同じ星空――。

あの一際輝いていた星を、

その人も眺めていたかもしれない。

「――そうですね。ありがとう、シエッド。」

「おうよ!アレグリア!」

「ていうかシエッド、

それ昔有名だった本みたいなこと言ってない?」

マールが上体を起こしてシエッドに指差す。

「え?そうなのか?アタシは知らねぇぞ。

昔の友達が言ってたことなんだけどなぁ。」

二人が楽しげに話すのを横目に、

アレグリアは再び星空を仰いだ。

知らない親友が同じものをみていることを信じて。






ブリムオン国の庭園の星空の下で

四人の騎士がそれぞれ黄昏れていた。

「流れ星来ないかな……キュイの続編頼みたいのに…」

コンティアは、望みを持っている。

「ああ、麗しき私の恋人よ……

死人になろうとも必ず蘇らせると誓ったからな……。」

ナイファーは、約束を持っている。

「夜勤なんてやっぱり御免だな。

次からはもっと条件を上げるか。」

オーラムは、欲望を持っている。

そして、一人佇む赤髪の彼女。

「グラン、いるか。」

「はっ、ここに。」

グランの元にネグロ国王がのそのそと歩いて来た。

「独裁体制に反対する者が多い。

四大騎士のお前達が圧をかけておけ。」

「ネグロ国王、それは他の四大騎士が長けています。

私に任せるのは得策ではないかと。

それより、アレグリア達は今どこに?」

「マリシア国近くの平原だ。それがどうした。」

「私が行っても構いませんか?」

ネグロ国王は重々しく呻いた後、こう言った。

「いいだろう。アレグリアへの殺意は変わらず流石だ。

だが、決して殺すんじゃないぞ。

魔法師にマリシア国近くに飛ばしてもらえ。」

「かしこまりました。」

ネグロ国王は既に他の四大騎士に目を向けていた。

グランは立ち上がり、魔法師を探しに行った。

歩きながら、グランはひとりごつ。

「待ってろ、アレグリア。」

グランは庭園から姿を消していた。

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