第7話 鬱蒼とした森の中で

草や葉、木々の得も言われぬ匂いがする。

目を開けると、そこは鬱蒼とした森であった。

何の目印もなさそうな森で

名前の知らない鳥の声を聞いて、

アレグリアはあることを思い出す。

「……どちらに行けばいいのでしょう。」

「アレグリアぁ!準備不足!駄目!絶対!」

マールが頬を膨らませ、怒りを露わにしている。

どうやらお互い詳しいことは聞けていないらしい。

その後マールが溜め息をつくと

「まぁ、マリシア国方向に飛ばすって言ってたし、私達が飛ばされた瞬間に向いてた方向に進めばいいんじゃない?」

「なるほど、そうですね――いや、そうなんですか?」

「転移魔法にもよるけどね。まあ、それに賭けてみるしかないでしょ。」

「確かにそうですね…。すみません、マール。」

「アレグリアってたまにバカだよね~!」

マールが笑う。他人を嘲り笑う顔だ。

確かに少し高揚していて、冷静さを欠いていた。

もう少し人々に頼られるようにならなければ。

アレグリアは心の内でそう決意した。


バカというのが癪に障り、

マールにげんこつをしてから

森の中を闊歩していく。

ふとした拍子に進む方角を間違えてしまいそうだ。

「アレグリアぁ、虫がいそうだよぉ。」

「マール、貴方は既に騎士団だというのに虫如きに怯えていてはいけませんよ。」

喝を入れながら、アレグリアは周囲を見渡す。

それにしても、本当に恐ろしい森だと思った。

特段この森に変わった点は見つからないが、

そうだとしても何とも言えぬ不気味さがある。

森の化け物とか魔物なんかではなく、

人に対する恐怖を感じてしまう。

本当に今にでも首元を切り裂かれそうな――。

アレグリアはそう思いながら、

冗談半分に首を触る。

ヌチャっとした触感がして、指を見やる。

指先には血が付いていた。

「アレグリアで遊ぼう!アレグリアのあ!あな――」

「マールっ!攻撃されました!」

アレグリアが素早く叫ぶと、マールは血相を変えた。

お互い背を向けて、全方位をお互いで見えるようにする。

「敵は?」

「分かりません。いつの間にか首元を切られてました。傷は軽症です。」

アレグリアは早口で状況を伝える。無論戦場では素早さが命だからだ。

マールは押し黙っていて、先程のまでのマールとは大違いであった。

先程から敵の気配は一切感じない。物音もだ。

まるで透明な通り魔に切り裂かれたようだ。


お互い背を向けあいながら数分間の間に聞こえた音は、小鳥のさえずりと木々のざわめき程度であった。

「マール、陣形をときましょう。勘ではありますが、もう襲ってこないと思います。」

アレグリアはマールに呼び掛けた。

「勘?わかった、気を付けて行こう。」

マールは異議を唱えることなく従った。

「それならこの森は急いで出ないとね。」

「ええ、賛成です。」

アレグリア達はまた進み始めた。

マールは背を低くし、直ぐにでも戦えるようにしている。

それに反してアレグリアは、患部の首元に手を当て、

おぼつかない足取りでフラフラしながら歩いた。

意図的に――。

アレグリアはあらん限りの電気を身体に貯めていた。

「いっっっっ!」

聞き覚えのない声と同時に、地面が擦れる音。

前方に黒髪の長髪、全身が黒い衣服といった出で立ちの人間が仰向けになっていた。

右手には、赤く血塗られた短剣が精一杯握られていた。

アレグリアの足元からバチバチッと雷が鳴る。

マールは杖を振り

それに応じるように濃い緑の魔法陣が浮かぶ。

黒髪はアレグリア達を見て、顔をしかめる。

そして短剣を眼前に構えるのを見て、

アレグリアは突っ込んだ。

鍔迫り合いでも圧倒的にこちらが有利だ――。

閃光の如く剣を抜き、斬り上げた。

短剣は宙を舞い、

金属の接触音は雷鳴によって掻き消された。


「クソっ、クソっ!離せ!」

マールの拘束魔法によって

自由を奪われた黒髪の女は喚いていた。

「さて、色々聞かせて頂けますか?」

「その前にこれ!解いてくれよ!」

「駄目だよ~、逃げられちゃうじゃん。」

「協力して頂けたらすぐに解除させますよ。貴方は何者なんですか?」

黒髪の女は数秒間睨んでいたが、観念したのか口を開いた。

「アタシは盗賊みたいなもんだ。

この森に入った奴を懲らしめた後に、金とか貰うんだ。」

「懲らしめるにしては、切り裂くんですね。」

黒髪はアレグリアの首元を指差した。

「その傷のことか?アンタ、痛み感じてないだろ?」

アレグリアは首元に触れる。

血こそ流れているが、確かに痛みは感じない。

「その辺はアタシの能力だから割愛するけど、

まあ通行人をまず切り裂きまくるんだ。

んで血塗れになってオドオドしだすんだ。

おい!敵はどこなんだよぉ!ってな。」

黒髪は少し得意気に解説している。

「んで慌てふためいた頃にアタシが出るんだ。

痛みはないが、アンタらには毒を盛った。

解毒薬が欲しければ金を置いて行きなってな。」

「なら、私は今毒に侵されているのですか?」

「いや、毒なんてない。ハッタリだ。解毒薬もただの水だよ。」

「意外と優しいんだね……。」

マールが呟くと、黒髪は思い出したように大声を出す。

「ほら!もういいだろ!早く帰らねぇとヤバいんだ!」

「貴方の名前は?

あと、マリシア国へはどの方向に行けばいいですか?」

「マリシア国はあっちだ!」

黒髪は顎で指す。

「アタシの名前は……あああああ!もう!

別にいいだろ!偽名を言えばしまいじゃないか!」

「偽名でも構いませんので。構いませんか?」

「わかったよ!アタシの名前は――」

「お〜い、ドロボー、ここで何してんだ?」

奥から見知らぬ人がやってきた。

アレグリアと似た灰色の髪で、

ポニーテールの高身長の女性だ。

「うわっ、捕まってんじゃん!やっぱドロボーは捕まる運命だったんだな……。」

「シエッドぉぉぉぉ!アンタのせいだぁ!」

黒髪はシエッドというらしい女性を見ると、

いきなり騒ぎ始めた。

「おいおい落ち着けって!モテねぇぞ!」

「うるせぇ!アタシの名前を勝手に変えやがって!

おまけにアタシをこき使いやがって!」

「えっ?アンタの名前ってドロボーなの!?」

「ちげぇよ!アタシの本当の名前はな――」

「それよりアンタら!一体何者なんだ!!」

シエッドはアレグリア達に近寄る。

アレグリアは今までの経緯を全て説明した。

ブリムオン国の騎士団であること。

ドロボーの女性とのこと。

自分達についてのこと。


それらを聞き終えたシエッドは瞳を輝かせこう言った。

「すげぇ!付いてっていいか!?」

アレグリアは心底驚いた。マールも目を大きく開いていた。

何か誤解をしているに違いない。説明を加える。

「いえ、あの、私達は遊んでいるわけではなく、

王に追放された理由を探るために戻っているのです。」

「そうだよそうだよ。あとアレグリアってば

すぐに面倒事に突っ込んでくから大変なんだよ!」

マールが聞き捨てならないことを言う。

だがまぁそれは事実である。

確かに仲間が増えることは嬉しいが

これからの旅は苦難の連続であることは確定で――

「いいよいいよ!大賛成!仲間にしてくれ!」

シエッドという名の女性は、常に笑顔だ。

逆に笑顔過ぎて心情がよく分からなかった。

「シエッドっていうんだよね。強いの?」

マールが気になるところを聞いてくれた。

「そいつは強いぞ……。」

するとシエッドではなく、ドロボーが答えてくれた。

「この俊足のアタシがやられたんだ…

しかも魔法や能力を使わずに、ヘラヘラしながら!」

ドロボーは悔しそうに食いしばっている。

「な!いいだろ!?」

シエッドが一層近寄ってくる。

端正な顔立ちなのに、なんという性格だろうか。

ただ、強いらしい人が仲間になるのは心強い。

「では、よろしくお願いします。シエッド。」

「私はマールだよ〜、よろしくっ!」

「マールアンドアレグリア!よろしくな!」

シエッドと握手を交わしていると、

奥のドロボーと呼ばれている女性が

不服そうな顔でこちらを見ている。

「あっ、ドロボーちゃんごめんね~。」

マールが杖を振ると、拘束魔法が解けた。

「ドロボー!今まで養ってくれてありがとな!

もう自由にしていいぞ!」

恐らく、もう一つの拘束魔法が解けたのだろう。

彼女は満面の笑みでどこかへ行ってしまった。

「シエッド、あの子の本当の名前って結局何ていうの?」

「ん〜、あんま覚えてないんだよな。

それよりアレグリアの名前で遊ぼうぜ!」

「いいね!賛成!それじゃっ、せ〜のっ」

「「アレグリアのあ!」」

アレグリアは人員の性格面を

鑑みていなかったのを少し後悔しかけたが、

これはこれで良いなと思った。

商業大国のマリシア国まで、きっとあと少しだ。




・1月31日  誤字を訂正しました。

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