第5話 未知の遮断
「貴方はランドさんで間違いないですか?」
「……はい、そうです。」
アレグリアは落ち着いて、まず確認作業を行う。
村人達は怯えてこそいるものの、少し狂気を感じる。
「ランドさん、貴方が壁を作ったんですか?」
「はい、数カ月かけて作り上げました。」
「どうしてあんな壁を?入口もありませんでしたよ。」
「…村の意向です。」
アレグリアがランドに問い質している時
群衆の中の一人が声を荒げてこう言った。
「まさかランド、お前負けたのか!?まだやれるだろ!」
他の村人達も尻馬に乗りだす。
「貴方達一体どうやって入ってきたのよ!」
「さっき騎士団だとか言ってたけど、本当なのかよ!実は俺達を殺しにきた他村の使いだろ!?」
不意に、片耳が僅かな音を感じた。
マールがアレグリアに耳打ちしていたのだった。
「なんとなく分かったけど、すご〜い外交拒否だね。」
アレグリアには外交拒否など有りえないと思った。
何せデメリットの方が大きいだろうからだ。
他村、他国と関係を結べば様々な資源の輸出入が可能になるし、
有事の時に助けて貰えることもある。
それに、技術力も大幅に下がってしまうだろう。
このワンス村そのものも規模は小さく、
子供達などが狭い世界に退屈しているかもしれない。
だが、こんな環境ならば
子供が自身が抑圧されてると感じ取れるだろうか。
狭い世界ということが、ワンス村の常識になっているだろう。
アレグリアは地政学や流通学などに詳しいわけではなかった。
何なら、博識な子供相手に負ける程に頭は良くない。
なので自分の判断が正しいかだなんて自分でも分からない。
けれど――。
アレグリアは声量を上げるため、息を大きく吸い込む。
「貴方達はどうして壁を作らせたのですか!」
すると、周囲から無数の怒号が聞こえてくる。
「お前達が知ってどうするんだ!」
「さっきの耳打ち、一体何を話してたのよ!」
「俺達の質問に答えたらどうだ!」
アレグリアは低く唸った。
マールの耳打ちで、悪い印象がついてしまった。
無論マールは悪くないので、
アレグリアがどうにかするしかない。
「わかりました、一つずつ質問して下さい。」
僅かな沈黙の後、横手から男の声が聞こえた。
「お前達はどうしてここに入ってきた?そもそも、どうやって入ってきたんだ!」
「まずは宿の確保のため。もう一つは――単なる興味本位です。壁の中にもしや人がいるのではないかと思ったのです。
入ってきた方法は、私の横にいる彼女、マールの身体強化魔法を使いました。それで壁の上に跳んだんです。」
アレグリアが話し終えると、彼らはざわめき出す。
「さっきの耳打ちは何だったんだ?」
不意に、新しい質問が大きく聞こえた。
受け答えを間違えるな――アレグリア。
アレグリアは自身にそう言い聞かせた。
自分で自分に言い聞かすのは、少し寂しく感じた。
「単なる報告です。この村についての話です。」
でまかせを言いたくはないので、正直に答える。
「具体的に教えてくれよ。」
「外交関係が良くない、という話でした。」
彼らは黙り込む。
得体の知れない者達をどうするか決めかねているのだろうか。
「おい、もういいだろ。」
僅かにこんな言葉が聞こえた。
「アレグリアぁ、ヤバいかもよ……」
彼らは手にくわを持ち、全員こちらに視線を注いでいる。
アレグリアは急いで声を上げる。
「待って下さい、私達は戦うつもりは――」
「うおおおおおおおお!」
男達の熱気に溢れた声が響きながら、無数の足音がする。
全員こちらに向かってきている。
どうしてこれほど外敵に敵意を向けるのだろうか。
もう彼らはほんの数秒後に武器を振りかざすだろう。
素手で耐え切るしかないか、一先ず離脱か。
アレグリアが神経を集中させて考えていた瞬間、
「やめてくださいっっっ!!」
ランドが叫ぶ。
それに応えるかのように地面が蠢き、割れる。
不規則な形をした岩や石が、
アレグリア達を守るように現れた。
「わっ、ランドに拘束する意味ないじゃん。」
マールが驚き、その後
「自由度の高い能力だね……。」と呟いた。
そんなマールとは裏腹に、ランドの表情は剣幕を帯びていた。
「話ぐらいっ、聞いてあげて下さいよ!何も考えてないじゃないですかっ!貴方達!」
ランドは喉が潰れそうになるほど、必死に訴えた。
「考えてないだなんて、そんなことない!ランド、俺達だって――」
「ならとにかく!この方達の話を聞いて下さい!」
ランドがアレグリアの脛を掴んだ後、再三村人達の注目がアレグリアに集まった。
ランドは協力してくれているのだろうか?
「ではまず、どうしてあのような壁を作ったのです?」
取り敢えず、疑問をぶつけることにしてみた。
群衆の中の若い男性が答える。
「昔、といっても数年前まではこの壁はなかったんだ。他の村との交流は欠かさなかった。」
すると男は苦虫を噛み潰したような表情をしてから続けた。
「でもある日、爆弾が入っていたんだ。」
「爆弾?どういうことです?順序立てて話して貰えますか?」
「俺達は大商業国のマリシア国とよく取引をしていた。すごい大国だからな、マリシア国は転移魔法で物を渡してくる。」
村人達も、ランドの顔も沈んでいた。
「いつも通り一人の男がマリシア国から届いた箱を開けたんだ。そうしたら箱が爆発して、その男は死んだ。
地面も抉れて、アイツも即死だったよ。」
すると、ずっと口を閉ざしていたマールが話し出した。
「それで怖くなって、壁を作ったんだね。だとしても転移魔法でその箱が飛んで来るんだから、壁を作ったとしても無意味なんじゃない?」
「それはそうなんだが……えっと。」
「壁を作ろうと提案したのは誰ですか?」
アレグリアが問い掛けるが、場は静まり返っていた。
「誰かが提案したわけではなく、自然と壁を作ろうとなったわけですか?」
「あ、あぁ、それが一番近かったと思う。」
アレグリアは顎に手を当てる。腑に落ちない点が多く感じるが、そういうものなのだろうか。
「最初に爆弾が送られた後に直接、爆弾がそのまま送られて来ることはなかったのですか?」
「いや、そんなことはなかったんだ。妙な話だよな。相手が何をしたいのか全く分からない。」
男は落ち着いていた。
そんな男とは反対に、アレグリアは困惑していた。
本当に何を目的としてこの村に爆弾を――?
だが、ここで考えていても結論は出ないだろう。
「わかりました、答えて頂きありがとうございます。」
「よし!これでもう仲良しだね!宿はどこ!?」
マールが矢継ぎ早に、早口で喋りだす。
そんなに疲れていたのだろうか?
というか、そんな簡単に信頼は得られない。
「マールそれより……」
ランドの拘束を解いてあげましょう。ランド、悪いことをしてすみませんでした。
そう言おうとしていたのだが、
いつの間にかマールを縛る拘束はなくなっていた。
「わかりました、マールさんとアレグリアさんですよね。こんなワンス村ですがゆっくりして下さい。」
ランドもランドで打ち解けるのが早い。
周りの村人達もランドの呑み込みの速さに驚いているようだった。
同じくアレグリアも速すぎて目が回りそうだった。
「さあさあこっちです!」
ランドがアレグリアの手を掴み、駆けて行く。
「いぇ〜い!ランドちゃん、何か好きなことはある?」
マールは既にリラックスしていた。オフモードである。
「朝食でパンとご飯を食べることです!」
アレグリア達は走りながら言葉を交わす。
「食べるのが好きなのかな?パン派?ご飯派?」
「両方です!」
「両方なんてずるいよ~?どっちか一つ!」
「ええ!?決めれませんよ~。」
「じゃあ例えば今日はどっち食べたの?」
「どっち?」
「いや、今日の朝ごはんはパンだった?ご飯だった?」
「どっちもですよ?」
「どっちも!?」
「どちらもですか!?」
思わずアレグリアも会話に入ってしまった。
それにしても珍しい人だ。どちらも……?
「宿はここです!取り壊しされなくて良かったです!」
周りの家屋より大きいものの、
手入れがされてなさそうな古びた建物だった。
ランドに導かれるまま中に入ると、辺りは埃が舞っていた。
一階はエントランスが広がっており、二階が部屋なのだろう。右奥に木製の階段が見える。
「ひとまず今日はゆっくり休んで下さい!おやすみなさい!」
そう言うとランドはすぐに宿から出ていった。
宿代や食事は?ランドは何者だろうか?
様々な疑問が浮かんできたが、置いておくことにした。
確かに今日は疲れた。
ブリムオン国から遠く離れた場所に飛ばされ、
ネグロ国王の様子も変だった。
それにあの赤髪のグランのことも妙に気に掛かる。
「アレグリア、お言葉に甘えて休もっか。まだ夕刻時だけど、まあ朝早くに起きれるよ。お昼はブリムオン国で食べたし。」
マールも疲れているのだろう。アレグリアは首肯した。
「ええ、そうですね。ではおやすみなさい、マール。」
「よし、おやすみアレグリアだんちょ。明日からも頑張ろ〜。」
アレグリアとマールは二階に登り、それぞれよ個室の前で別れた。
アレグリアは軽く就寝用に身なりを整えると、
すぐさまベッドに横になった。
ランドのあの打ち解けの速さは
心の奥で自由を望んでいるからなのだろうか。
そんなことを僅かに考えながら
意識が遠のいていくのを感じた。
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