第3節

「驚いた?ねぇどうだった?」

ほぼ放心状態の俺たちに聞いてくるサシャ副会長。

「だからやめとけって言ったのに」

後ろにいた黒髪ツインテールの女が小突く。

「やめてよ麗花リーファ。あんたのパンチは洒落にならないから」

「それはフリかしら?」

ドスっと鈍い音。

「いったぁ!!こんの暴力女!」

バコッドカの2連撃。

「いったいわねぇ!この謎リボン女!」

そして始まる取っ組み合い。こっちのことはまるで空気のような扱いだ。

「五月蝿い。客人の前ですよ?少しは静かにできませんかねぇ」

今まで傍観してた丸眼鏡高身長の男が口を開く。

「「あ?文句あんのかぁ!」」

丸眼鏡の人に飛びかかる2人

ゴンッ!

「五月蝿いですよ?」

「「ひゃい…………」」

結果、拳大のたんこぶを頭につけた涙目の2人が必死に頭をコクコク縦に振ることになった。

「はぁ…本題に入りましょうか」

やっとこっちにかまってくれそうだ。

「そこの馬鹿2人は気にしないでください。こんなんでも一応生徒会ですから」

馬鹿2人が正座しているのを横目でちらっと見る丸眼鏡の人。

「まずは来てくれてありがとう。お茶を出すから座っていてくれ」

そう言って呆気にとられている俺たちに紅茶を出してくれた。

「僕は破浪ポーラァン。この396期生徒会の科学担当のものだよ。よろしくね」

「「「「よろしくおねがいします……」」」」

「さっき、そこのお2人を殴ってましたけど、科学担当なんですか?」

気になったのか会長が聞くと

「ああ、今は人員が少なくてね。科学の方から戦えそうなやつは戦場にいってるのさ」

「なるほど。ありがとうございます」

「いえいえ。それでこっちの馬鹿①はサシャ・アダムズね。一応副会長やってる」

「よろしくね!後輩ちゃん!困ったことがあったら言ってね!!」

底抜けの明るさで接してくるサシャ副会長。さっきの涙目はどこに行ったのやら。

「そんでこの馬鹿②が麗花リーファ。魔術担当だね」

「宜しくぅ……」

頭のたんこぶを抑えて痛がってる麗花先輩。

その後こちらの自己紹介を軽く済ませ、やっと本題に。

「それで用件ってなんですか?」

「あー用件ね。……サシャ頼んだ」

「えー?私?丸投げじゃん。」

「副会長なんだしそれぐらいやれよ」

「はいはい。えっとね用件はね、ほんとに顔合わせだけなんだよね」

え?ほんとそれだけなの?

「いや、どんな子なのかなって気になって…。写真見る感じかわいい子多いし。ほんとにただそれだけ……。」

あー。なんか、緊張の糸が解けた。どっと疲れた。

「なんか不穏な不陰気だなって覚悟してきたんですけど」

俺の言葉にサシャ副会長が心底驚いた顔をする。

「え、全く無いけど。逆になんか聞きたいこととかある?」

「んーじゃあ。先ほどの戦闘で死者数が400ぐらいだったと思うのですが、それって少ないですか?」

と会長が聞くと

「最近の戦闘だと多い方だね。上手くいくと死者数は1桁~10強ぐらいかな」

サシャ副会長が返してくれた。

「今回は黒個体が何体かいたからね。サシャがいかなかったらもっとひどいことになってたわ」

麗花リーファ先輩。

「黒個体?」

「ええ。通常の個体と違って体表が黒で覆われていて能力が高い個体のことね。知能もそれなりに高いから厄介なのよね」

「ここ数年で発見数も増えてるみたいですしねぇ」

「あれが半魚人の黒個体だからまだいいもののこれが他のだったら大変だよ」

先輩たちが次々にこたえてくれる。とにかく厄介なことがわかった。

「そういえばさっきの戦闘私生徒会前にいたと思うんだけど気付いた?」

「あぁ気付きましたよ変わった武器使ってるんですね」

俺が言うと

「ああ、これね」

と2本の剣を出して見せてくれた。一本は両刃の両手剣。両手剣!?これを片手で振り回してたのか……。  

「両手剣を片手で扱うのか」

ストラーフが感心してそう言う。サシャ副会長はヒョイと両手剣を持ち少し悲しそうに笑って言う。

「これね。最初は両手で使ってたんだけどね」

その言い方に俺は疑問を感じて

「じゃあこっちのはいつ頃から使ってたんですか?」

と聞いた。

 もう一本は片刃の西洋剣。鍔に銀の鷲のエンブレムがあり、装飾が豪華な剣だ。

「…………それは会長の剣だから。これが無くなったら会長も無くなっちゃうから」

 触れてほしくない話題だったのだろう。無神経なことをした。申し訳ない。麗花リーファ先輩と破浪ポーラァン先輩も黙ってしまった。

「すみません。無神経なことを言っちゃって」

咄嗟に謝罪の言葉が出た。

「いやいいんだ。最近の出来事でね。まだ気持ちの整理がついてなくて。すまないが話を聞いてくれないだろうか。」

「八つ当たりみたいでごめんね。でも、少し聞いてほしい。ここで生きてく以上必要なことだから」

先輩たちは話してくれた。貴重な戦闘の話だ。

 1ヶ月ほど前に数年に一度起こる「大攻勢」が起こった。「大攻勢」は一度の期間に多くの敵が攻め込み、大乱戦になることを言う。過去に「大攻勢」によっていくつかの都市が陥落したこともあった。

 それで、ここマリアナ海溝付近にも何百万という兵が送り込まれ、研究施設の護衛部隊と共に必死に守っていたそうだ。

 敵はいくら殺しても切りがなく、味方は消耗するばかり。生徒会で司令官といえど後方にいる事態ではなく、前線に行くことになった。

 会長の指示は素晴らしく、今までよりも効率的に敵を殺し、被害を抑えることができた。

 しかし、援軍も来ない中、敵が引くのを待つという永遠にも思える持久戦を強いられていた。そこで、陣中突破一点賭けの敵の指揮官だけを狙いにいく特攻部隊が置かれた。構成員は教師や研究施設の護衛部隊長などの手練揃いの数千名。そこに会長は志願したらしい。もちろん反対された。トップがいなくなったらどうするのかと。

 会長は学年一の剣術の使い手で大人顔向けの戦闘センス、そして超級魔術師だった。会長の魔術は「加速」というシンプルなもの。故に陣中突破の作戦に役に立てるはずだとそう主張して引き下がらなかったそうだ。渋々会長の参加を認め、ついに作戦決行の日が訪れる。

 8月2日 AM10時

作戦は決行された。敵の只中をものすごい勢いで蹴散らしていく特攻部隊。狙うのは指揮官のみ。指揮官さえ潰せればこの戦いは終わる。残された戦闘員たちも特攻部隊の掩護のため、敵の前方部隊を引き付けたりしていた。サシャ副会長と麗花先輩もそこにいたそうだ。

 そして、作戦決行から8時間後。「敵軍指揮官死亡」との情報が入った。バラバラと逃げ帰っていくエイリアンたち。守り切ることができたのだ。

 今回のマリアナ海溝付近の「大侵攻」での被害者数は約18万人、死者約15万人だったそうだ。特攻部隊の生き残りはたった34名。その中に会長はいなかった。

 その後、会長の遺体を探してたらこの剣が見つかったんだよ。結局遺体は見つからずじまいだけど」

サシャ副会長の話が終わる。つい1ヶ月前の話だ。学年で1番の実力を持った人が死んだ。どんなに大きな損失か。そしてどんなに大きな悲しみなのか。

サシャ副会長の辛そうで泣き出しそうな顔。

「命は自分だけのものじゃないから、周りのことも考えて、無茶はするな」

破浪先輩が優しく声をかけてくれる。

「困ったらいつでも来なさいよね。相談のってあげるんだから」

麗花先輩も優しい。お礼と謝辞を述べ、帰ることになった。

「ありがとう。話に付き合ってくれて。少しは落ち着いた気がするよ」

と別れ際にサシャ副会長に言われた。質問をしてしまったのは俺なのに。どこまでも優しい先輩たちだ。



 扉が締まる。後輩ちゃんたちが帰ったあとの生徒会室は静寂に包まれる。誰も何も言えないまま、数分がたつ。その静寂を破り破浪が話しかける。

「本当に良かったんですか?会長のこと話して」

「ああ、これでいいんだよ。私達も気持ちの整理がついた」

あくまで冷静に私は言う。

「そうね、やっと前を向けるかしら」

「それにあんなかわいい後輩ちゃんたちを死なさせるわけにはいかない」

「先輩ってのはなかなかに面倒くさいことですね」

「まだまだやることは山積みね。生徒会は損ばかりだわ」

麗花が心底嫌そうに言う。が

「じゃあ辞める?」

と聞くと

「いやよ。だって私ここ好きだもの」

と返ってくる。まったくかわいい親友ちゃんである。ふと、扉の横に置いてある写真立てが目に入る。生徒会結成時の記念写真だ。それが後輩ちゃんたちと重なる。そして会長との最期の会話を思い出す。

「もし、俺に何かあったら生徒会は頼む。俺の夢も、誇りも、全部やる。俺の分まで生きてほしい。心からそう願うよ」

 使い古された言葉。何度も聞いてきた「自分の分まで生きろ」という言葉。なのに涙が止まらなかった。死んでほしくなかったんだ。ずっと会長で、隣にいて、馬鹿みたいにはしゃいで。そうあってほしかったんだ。

「会長。貴方が託してくれたもの。貴方が守ってくれたこの学園を、そして後輩を、あなたのように守り切って見せますとも」

写真の中の会長がフッと笑ったような気がした。

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