♪49
桜花が死んで49日目。俺はただ、机に向かっていた。
「悔しいな…」
こうやって部屋で1人でいることが悔しい。まだ墓参りにも行けてなけりゃ、今日の四十九日にも行けていない。今朝、試しに玄関の扉を開けようとしたが、手が震えて無理だった。
静かになった窓。何回見てきたか分からないが、桜花と話していた日々がいつもチラついている。
せめて、今日くらいはと思いペンを持つ。俺と桜花の世界が完全に分かつ今日、俺の君への鎮魂歌を届けたくて。俺が桜花に抱いていた気持ちに名前を付けたくて。
『曇り空の今日も君と歩けばきっと
晴れた空より明るくなるから
暗闇の先の光目指せばきっと
望んだ未来手に入るから
そんなの戯言だって
誰が言ったんだい?
正解じゃないことくらい知っているさ
でも昨日の明日を後悔はしたくないから
散々過ぎていった夏
もうそこに止まっている春
君の鼓動と僕の鼓動を 重ね合わせて
赤くなってるその理由
まだ分からないことばかり
正解を見つけるために
君に会いたいんだ
影に潜む今日も君と歩けばきっと
日向ぼっこが楽しくなるから
毎日が桜の色をしてるさきっと
夢見た日々が現実に変わる
そんなの妄想だって
誰が言ったんだい?
最善じゃないことくらい知っているさ
でも昨日の自分を裏切るなんて嫌だから
宣誓 僕たち私たち
もうそこに迫っている青
君のホントと僕のホントを 重ね合わせて
一言では収まらない
短くなんかまとまらない
感情を見つけるために
君に会いたいんだ
このままずっと2人で
なんて夢見ていたけど
君の理想に届かない
僕でいいのかな?
君のことをもっと知りたい
君のためにもっと知りたい
僕が君に幸せになって欲しいから
散々過ぎていった夏
まだ夢見心地の春
君の鼓動と僕の鼓動を 重ね合わせて
速くなってるその理由
今度はちゃんとわかってる
正解かなんて知らんけど
君が好きなんだ』
書き終えて、天井を見上げる。この歌詞を見てくれているのかな?これが俺から送る最後の歌だ。
「好きだよ。桜花。ずっと言えなくてごめん。」
目尻から雫が落ちる。
「桜花が俺の事をどう思ってくれていたって構わない。むしろ、男として見ていなかったって言ってくれた方が、俺としては折り合いがつくし。でも、俺にもそういう感情があったってことだけは覚えててくれ。」
涙は止まらない。けど、自然と出ていく言葉も止まることを知らない。
「こんなことを今言ったって遅いのは分かってる。せめて、桜花が生きてる間に言えばよかったって後悔している。
俺は不器用だ。現に、自分の気持ちを知るまでに49曲も書いていた。お世辞にもいい歌とは言えない。けど、桜花、お前にだけは届いて欲しい。これが、桜花から教えてもらった気持ちの全部だ。
ずっと悩んでいた。桜花に会う度に体が浮いた感覚になるのはなんでだろうって。でも、今なら分かる。お前が好きだったからだ。ずっと会いたくて仕方なかったからだ。何も言わずに俺の部屋に乗り込んできて、そしてくつろぎ始める。そんな桜花のことを俺は求めていたのかもしれない。
もう一度会いたいな。」
何を期待してか窓を見る。静かなまんまだ。
「ははっ!」
こんなに執着している自分が面白く思えてくる。今更会えないことは分かっているはずなのに、心のどこかで期待してしまっていたようだ。
「バカみたい。」
「ありがと。」
「えっ?」
桜花の声がする。振り向けば、いつものところに桜花がいた。
「私を好きになってくれて。私のことを想ってくれて。」
「桜花っ!」
頭より先に体が動いて、桜花を抱きしめようとする。けど、感触なんて微塵もなかった。
「馬鹿なの?私、死んでるの。」
微笑む桜花は寂しそうで、悲しそうで、それでも嬉しそうだ。
「ねぇ、彪河。」
桜花の口が俺の耳元に近づく。熱のない吐息を耳に感じる距離だ。
「この16年間。彪河といれて楽しかった。彪河がいたからここまでやってこれたんだと思う。唯一心残りがあるとするならば、彪河が魔法使いになるかもしれないことくらいかな?」
「かもな。」
「私もね、ずっと一緒にいるものだと思ってた。彪河がそういうことに興味がないことも知ってたけど、いつかは振り向かせようと思ってた。だけど、もう無理になっちゃった。」
桜花の声は震えていて、泣いているのが分かる。でも、それを見ようとは思わない。
髪の先の方から崩れていっているのが分かる。もうすぐなんだろう。
「あーあ。呼び出されちゃった。もう行かなきゃ。」
「行くな。」
「ごめんね。」
桜花は少しだけ離れて距離をとる。ぎこちない微笑みを浮かべながら。
「最後にお願いしていい?」
「いいぞ。」
答えるとほぼ同時に視界が桜花で埋め尽くされる。冷たい唇の感触が伝わってきて、驚きを隠せない。
唇が離れて、額をつきあわせる。
「彪河。好きだよ。これからもずっと。だから、幸せになってね。」
「うん。」
「約束だよ。」
「あぁ、約束だ。」
桜花が落とした雫と共に、桜花が霧になって消えていく。不思議と悲しさはない。むしろ晴れ晴れとした気持ちだ。
「桜花、愛してるよ。」
―10年後
「おとーさん、どうしたの?」
「少し昔のことを思い出してただけだ。」
「また、桜花のこと?」
「悪いな。いつまでも踏ん切りがつかなくて。」
「んーん。知ってるからいいのよ。」
3人横並びで桜の木の下を歩いていく。その奥には桜花のお墓がある。
「んじゃ、行ってくるわ。」
「分かった。桜華はこっちで待ってようね。」
「はーい!」
2人と別れて、坂を登る。満開のしだれ桜の木の下。そこにぽつんとある墓標。
「久しぶり、桜花。」
俺はまだ君のことを忘れられそうにない。
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