♪6
あれは、小学校の卒業式の日だった。
その日は雨だった。朝から降り続く雨が式の最中には土砂降りになって、在校生代表である5年生の呼びかけが聞こえずらくなる。それでも雛壇に立って、なんとか聞き取って、俺たちが呼びかけをする番になった。すると待っていたかのように、バタバタと体育館の屋根を鳴らしていた雨はピタリと止み、体育館内が静まり返る。そして1つ目のセリフを言う桜花が口を開いた。
呼びかけ自体はそのまま進み、1曲目へ。うちの学校の伝統として、卒業生は2曲歌うことになっている。
♪『帰る場所』Kiroro
今でも思い出せる歌詞。今でも思い出せるメロディー。思い出す度に、やってきたことが間違いじゃなかったって思える。
内容は思い出話に。入学式は緊張しただの、修学旅行はどうだっただの、サダフェスはどうだっただの。こんな呼びかけの数セリフじゃ語りきれないほどの思い出を残してきた。
少しずつラストに近づいてくる。まだ、あと1曲残っているから誰も泣かない。まだ、歌えるから。
♪『旅立ちの日に』
『翼をください』か『旅立ちの日に』か。そんな論争も起こりそうなほどの定番曲。このメンバーだけで歌う、最後の曲。俺たちは誰かに聞いてもらうためではなく、自分たちのために歌った。
そのまま何事もなく式が進めば良かった。
―ゴトッ
誰かが倒れる音がした。倒れたところを見ると誰かがすぐに分かった。桜花だった。心配したくなるけど、そんなので式を止められない。桜花にはまだセリフがあった。そこを言うと誰かと被って、目立つかもしれなくなる。でも、言ってみたかった。
「在校生のみなさん!」
桜花らしいセリフだった。
『大切なことなんか忘れたし
曖昧なままの記憶の中
辛い辛い辛い 辛い辛い辛い
友達の名前は忘れたし
下級生のことなんかもっとそうだし
Cry Cry Cry Cry Cry Cry
思ってたよりも 長かったし
思ってたよりも 短かったし
次の桜の咲く季節になるまでは
ヒュルリラヒュルリラ 舞い落ちて
また春から同じサイクルさ
夏休みと冬休みと春休み それがあと2回
揺るりら揺るりら また同じ
所に行くのにさ
桜の奥に消えていきそうな
この気持ちは何?
肝心なことなんか知らないし
曖昧なままの心の中
辛い辛い辛い 辛い辛い辛い
先生の名前は忘れたし
でもアダ名だけは覚えてるけど
辛い辛い辛い 辛い辛い辛い
思ってたよりも 温かったし
思ってたよりも 冷たかったし
俺の心を解く道筋 その名前は
ヒュルリラヒュルリラ 舞い落ちて
まだ答えも出せないままさ
恋したい、愛したい、いや好きみたい そんなおぼろげな
揺るりら揺るりら また同じ
所に着くのにさ
桜の奥に塞ぎ込みそうな
この気持ちは何?
教えてよ 君のことを
ずっと一緒にいるのにさ
何が好きとか 何が嫌いだとか
そんなのも知らないしさ
教えてよ 僕のことを
何が何だか分からなくなりそうだからさ
ヒュルリラヒュルリラ 舞い落ちて
8年前、僕は君に出逢った
ヒュルリラヒュルリラ 舞い落ちて
まだセリフは言えないままさ
君のこと傷つけずに済むように そんな甘いこと
揺るりら揺るりら 煌めいて
君の笑顔だけが
桜の奥深くに塞ぎ込んだ
僕を見つける鍵』
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