第30話 地の響き
彼らが井戸の底に戻ってくると、大場が縄梯子を準備しているところだった。
「無事だったか」
二人の姿を見て大場は安堵する。
「なんで?」
「この辺りで二人の通信機からのシグナルが消えたことは分かっていた。彩さんがここだろうって言うので来てみたんだ」
上ってきた恵が訊ねると大場は二人に対して少し怒っているようでもあった。
「勝手にすいません」
恵は察したか、大場に謝った。
「特に行動制限があるわけではないが、やはりな……事前にひと言欲しい」
「大丈夫でしたか?」
後ろにいた彩が恵に声を掛ける。
「大丈夫じゃなかったです」恵は彩にもたれかかるように抱き着く。「見てください。制服が……」
ブレザーの右脇が十センチ以上、きれいに切れていた。ブラウスもだ。
「怪我は?」
「痛みは多少ありますが、念のためJESからもらっていたアンダーウェアを着ていたから無事でした」
特殊繊維で出来ているアンダーウェアは耐熱耐寒の他、刃物に対しても有効だった。
「何かトラップがあったのですか? 言ってくだされば私も同行いたしましたのに」
「ブレザーとブラウスは違うんですけど、地下のトラップはそうすればよかったって教えられました」
「誰にでしょう?」
「地下の施設を管理している方で『地』って名乗っていました」
「まあ、やはり守り人は健在でしたのですね……」
「そうだ、彩さん! 天音さんって方、ご存じですか?」
「な、なぜその名前を?」
彩は驚いた。
「あそこは、え~と、お墓だったんです」
恵はそう言うとポケットからスマホを取り出す。アルバムを急いで検索すると、彩にそれを見せるのだった。
スマホを恵から受け取り画面を見て、彩は息をのむ。
「天音様です……確かに天音様です。館に居られたのですね」
七百年経った今、このような形ではあったが、再び天音の姿を見ることが叶うとは思わなかった。
彩の頬を涙が伝う。
膝を付き彼女はスマホを胸に泣き崩れる。
天音が臥せっていることは知らされていた。天地仁左の力をもってしても延命がやっとであったと聞く。天音自身がやつれた姿を見せたくないという願いもあり見舞いに行くことはかなわなかった。
その後、亡くなったことを仁左から聞かされたが、葬儀はとり行われず墓も立てられなかった。彩は手を合わせることも出来なかったのである。
「安らかなお顔……本当に安らかにお眠りになられています……」
溢れ出る涙。嗚咽を漏らす彩。予想外の姿に恵はオロオロしてしまう。彼女も膝をつき、彩の背に手を回すと一緒に泣き出してしまうのだった。
「抜け穴で何があったんだ、一刀?」
「う~ん、何から説明していいのやら……」
色々とありすぎて説明に困る。
「そこには天地の秘宝はあったのか?」
大場はストレートに訊ねる。
「秘宝はなかった。でも、天地仁左に関するものはあった」
「再突入は可能か?」
「無理。もうすぐ崩落するってさ」
「緊急対応が必要なんだな?」
「驚かないんだな」
「彩さんが示唆してくれた。じきに番場さんと平田さんも来る」
「だったらあの墓地周辺に避難指示を出した方がいい」
「進言している。すでにJESでやってくれているだろう」
大場は番場へ報告を入れながら確認をとっている。
「ところでこのコードはなんだ?」
井戸にかかっている黒いコードを持ち上げ大場は訊ねる。
「コンドーってやつに付いていた誘導と偵察のためのものじゃないかな」
「誰だ、そいつは?」
「『FBトリガー』って名乗っていた。その連中の改造人間って言っていたな」
「そんな組織、初耳だな。それに改造人間? そいつらも秘宝を狙っているのか?」
「刀を返せって、因縁付けられたよ。天地の秘宝の事も知っているようだし、面倒くさそうな奴らだった」
「そうか、その改造人間とやらはどうなったんだ?」
「恵の雷撃がさく裂。とどめは守り人がさした。爆発するとは思わなかったよ。見た目は人だったが、あれは改造されすぎて、人間やめているよ」
「厄介なのが出てきたな」
一刀の肩を大場は励ますように叩く。
「本当に……精神的にも肉体的にも疲れたよ」
期待した収穫は無いに等しかった。
がっくりと肩を落とし、一刀はため息をつく。
翌朝四時過ぎ、空が白み始めた頃、根府屋周辺にいた鳥が飛び立ち、丘陵地帯に陥没が起き始める。
微かな振動とともに大地を揺るがす音が響いてくる。
小さな穴が頂付近に現れると、それは見る間に広がっていった。
静かにゆっくりと、まるでアリ地獄に引き寄せられるように、墓石が地の底に呑み込まれていく。
地中に大空洞が発見されたと通達が出され、日が変わる前に周辺住人の避難は完了していた。
龍玄寺の僧侶や家族も近くの小学校に避難する。墓地を中心に根府屋、三摩地、旭、城南三丁目と空谷の一部に規制線が張られた。周辺にはマスコミがカメラを構えている。
JESの迅速な対応によって、人的被害はなかった。
調査団が地中の調査を行っている中、地の底から揺れと音は次第に大きくなっていく。
丘陵地帯にあった墓石はすべて呑み込まれ、通信施設や鉄塔が地の底へと沈んでいった。近隣に建てられていた住宅十六棟も何らかの被害を受けた。
大地の鳴動は一時間後に収まる。
根府屋にカルデラのような陥没跡が残った。
その後、平田らJES研究班によって掘削やボーリングによる調査が行われたが、恵や一刀の証言にあった天地仁左の屋敷や研究施設の痕跡は見当たらなかったという。
守り人の言葉通り、天地仁左の館と施設は地の底に消えたのである。
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