第29話 地の底にて(後編)

「住まい? 家、ですか?」

 大場の問い掛けに彩は頷く。わき見運転になるのでその表情までは読めない。

「抜け穴なんですよね?」

「そういう使われ方もしたので、皆がそう呼ぶようになってしまっただけですよ。本来は天地様のお住まいがあり、その通り道なのです」

「地下に掘った穴倉で暮らしていたんですか? なぜ? 何のために?」

「洞窟などの住居を想像されているのでしょうが、本当に館があるのです」

「建物が? それでも地下ですよ。光も射さない。そんなところに住んでいられるんですか?」

 大場は間の抜けた質問をしているような気がしてきた。

「説明が難しいですね。実際に見てもらった方がいいでしょう」

「見れるんですか?」

 彩は頷く。「すでに一刀さんも恵さんも中に入られていると思われますので」

「彩さんは見たことがあるのですか?」

「ございます」封印されてからは見ていない。天地仁左が存命であった頃であるから、ずいぶんと昔の話であるが。「元々、根府屋から旭にかけての土地は天地様の所領でありました。邸宅は現在龍玄寺の墓地の辺りに建っていたとされています」

「それがなぜ穴倉に? どうやって?」

「龍の力を使ったとされています。一夜で天地様の館は消えたという逸話が残っています」

「そんな伝説もありましたね。龍の力が利用できたのも驚きですが、その力を使って館をそのまま移築させたという話でいいのでしょうか?」

 突拍子のないことを口にしていると大場自身思ってしまう。

「地下に空洞を作り、館のみならず研究施設も作ったそうです」

「どれだけ広いんですか?」

「面積は墓地全体と同等かそれ以上とお考え下さい」

「ぼくには穴倉暮らし自体が想像できないのですが」

「快適なものであったとされていますよ。雨は降りませんし、一日があり、花も育ったそうです」

「つまり地下でありながら地上のように明るかった……?」

「はい。天地様は国の重要人物であられました。引き抜きのみならず暗殺を企てられたこともあった様です。そのため自らの命を守るだけでなく、ご家族の安全も守る必要がありました」

「それでも地下という発想には普通ならないと思いますが」

「そうですよね」彩は苦笑していた。「警備を厳重にするとか、天地様には出来たと思います」

「龍の力が使えるのなら、その方が手っ取り早かったのでは?」

「暗殺云々は表向きの理由であったようです」

「他に理由が?」

「真偽のほどは定かではありませんが、通勤時間の短縮と研究時間の確保が目的であったと」

「つ、通勤? 研究時間?」

 鎌倉時代とは思えぬ単語が出てきて大場は面食らう。

「現代風に例えるとそういう事です。天地様も一臣下。城へ登城しなければなりませんが、城までは回り道しなければならず正門は根府屋からは反対側にありました」

「それを直線でトンネルを掘れば短縮できると考えた……とか?」

「そのようです。実際に半分以下に時間は短縮され、地下施設も整備されたことで研究や発明にも時間が取れるようになったとのことです」

「本来抜け穴なんて簡単に作れるものではないし、長く掘るのは難しいと思っていましたが……そんな理由で?」

「龍の力というのは本当に凄いものだったのでしょうね。トンネルはたまたま御城主様たちを助けることに役立ってしまったということだったようです」

「それが鬼浪を撃退することになったとは……」

「歴史というものは面白いものですね」

「いやいや、事実だったら歴史が変わりますって……」

 地下施設や龍の力を使ったトンネル掘りなんて言うものは。

 表に出してはいけない史実のような気がする。大場は頭を抱えたくなってきた。

「それにしても、天地仁左にも家族がいたのですね」

「天音という奥様が居りました」

「子供はいなかったのですか?」

「居りませんでした」

 天音は一度嫁いでいたが、子を成すことが出来ず離縁されていた。年は離れていたがお世話役として館に来ていた天音を見初め、仁左が娶ったという話であった。

 子を授かることはなかったが、彩から見ても二人は仲睦まじく見えたものだった。

「そうですか。まあ、子孫がいれば別の伝わり方をしていたでしょうからね」

「そうかもしれません」

「とはいえ何らかの手掛かりを残してくれたというのなら助かります。秘宝でないとしたら、他に何があるというのでしょう?」

「天地様と天音様の思い出の地として残された。そう思っています。私の推測ですが、あそこには天音様が眠っていると」

「お墓? いやエジプト文明のような墳墓でもあると?」

「そうお考えいただいても良いと思います」

「推測ということは確かめられたわけではないですよね? 隠し部屋があるとか、トラップとかはないですよね?」

「分かりません。ですが、あそこは鬼浪すらも寄せ付けなかったとされています」

「あの二人、大丈夫でしょうか?」

「一刀さんがいれば問題ないと思いますが。そうですね、確かに普通の状態ではないかもしれません。あのお方は何と申しますか、お茶目な方であったとされていますから」

「お茶目って……、確かに地下に住みトンネルを掘ろうなんて酔狂なことを考える人物ではあるでしょうが……」

 大場は不安を覚え、番場に報告を入れる。そして焦りにも似た感覚で車を目的地へと走らせる。


 一刀は恵とともに人影が消えた場所へとやって来た。

 竹林のアーチの先には扉があった。

「また襲ってくるかな?」地面や竹林の様子を探りながら恵は訊ねる。

「来たら、切り刻むのみ」

「筍ならよかったのに」

「食い気かよ。それにタケノコは春だろう」

「時間がかかりすぎだもん。今日は夕食当番だったのにお爺ちゃんに帰りが遅れるって、連絡入れてないし」

「まあ時間がかかっているのは仕方がない。ただの抜け穴じゃなかったんだからな」

 抜け穴から出るころには日が暮れているかもしれない。

 扉は木製で、時代劇の門のような造りでもあった。

 何事も無く竹林を抜け扉にたどり着くと、恵はノックするのだった。

「音をたててどうするんだよ! 相手に知らせるようなもんだろう」

「だってもう知られているんだし、ここは人の家だよ? もしかしたら開けてくれるかもしれないじゃない」

「そんなわけあるか」

 ノックに返答はなく、一刀が扉に手を掛けると鍵はかかっていないようだった。

 扉を盾にしながらゆっくりと手前に引いていく。

「失礼しま~す」

「恵って、変なところで律儀だよな」

「いまさらだけど、ちゃんとご挨拶しないと」

「不法建築かもしれない。得体のしれない場所で、誰がいるかも分かんねぇのによくやるよ」

 一刀は呆れるのだった。

 開ききっても中から二人を攻撃してくるような反応はない。

 物音がして中を見ると真っ暗ではなかった。先が見づらいが、常夜灯のようなものが付いているのかほんのりと明かりがともされているようだった。光源は見当たらなかったが……。

 暗がりに目が慣れてくるとそれなりに見通せるようになって来る。

 部屋の中では何かが動き回っている。

 それは屋敷で見たものよりも大きい、一メートルほどのからくり人形だった。

 移動用の車輪で下に落ちたものを砕く音が聞こえてきたのである。

「ここ、何かの実験室かな?」

「そう見えるが、ここはいつ建てられたんだよ」

「最近……じゃないよね」

 奥行きは五十メートル以上あり、ホテルの大ホールよりも広いかもしれない。天井の高さも十メートル以上あった。

「実験台や機材があったようにも見えるけど、それを壊しているのかな?」

「証拠隠滅か?」

「秘宝?」

「だとしても、ここまで熱心に壊しまくるものなのか?」

 からくり人形たちは二人が侵入してきても見向きもしない。黙々と作業を続けていた。

「立つ鳥跡を濁さずとか」

「引っ越しかよ。それにあいつら汚しまくっているぞ」

「私たちが来たからかな」

「とりあえず、撮影ストップ。奥に行くぞ」

「やっぱり行くんだね」

 ポケットにスマホをしまう。

「次にオレ達がここに来られるかなんて分からないんだ。見とけるもんは見といた方が良い」

「だよねぇ……確かに気になるし」

 一刀は抜刀し、恵も棍棒を油断なく構え、進んで行く。

 からくり人形は二人を無視しているかのようだ。襲い掛かってくる素振りさえ見せない。

 散乱する足元を気にしながら奥へと歩みを進める。

 色々と壊されすぎて元がどのような状態だったか分からなくなっていた。

 入口から見て右隅奥の方にひれ伏し待つ人影があった。

 例えるなら大相撲の立行司を見るような服装をしている。

「あんた、そこで何をやっている?」

 距離はあったが、一刀は躊躇なく声を上げた。

「墓守にございます」

 影は答えた。

「誰かがここに埋葬されているのですか?」

「左様にございます」

「あんた、誰だ? 天地仁左か?」

「わたくしは『地』にございます」

「地?」地下だからかよ。

「わたくしは屋敷を管理するものにございます」

「管理?」

「我が父より託されました。ここを守護せよと」

「誰から守るんだよ」

「荒らしに来るような輩であれば、全力でお守りいたします」

「私たちは違いますよ」恵は慌てて否定する。

「理解しました。それにお強い」

「見ていたのかよ。質が悪いな」

「そのように申し付けられておりますので、ご容赦願います。敵対行動や破壊を目的とされるようであれば、全力で排除する所存でございましたので」

「分かったよ」

 一刀は刀を鞘に納め、手を広げ敵意のないことを示す。

 それを見て恵も構えを解いた。

「それで誰が眠っているんだ? それに父って誰のことだよ」

「父の名は天地仁左。ここに眠るは父の奥方で天音にございます」

「奥さん? 天地仁左本人の墓じゃないのかよ」

「私たち古墳の中にでも入ってしまったの?」

「そうらしいな。ここは何だったんだ?」

「元々は父の屋敷と研究施設にございます」

「研究って、鎌倉時代にそんな言葉があったのかよ」

「屋敷? ここに仁左さんが住んでいたの?」

「主はそう申されておりました。詳しくは知らされておりません。わたくしはただの守り人にございます」

「じゃあ、あのからくり人形はなんなの? 壊しているようにしか見えないんですけど」

「ここは放棄されることとなりました。待ち人来たらず、です」

「待ち人ってなんだよ?」

「それに壊すなんて、何のために守って来たの?」

「天音を蘇らせることが出来る知識と力を持った方をお待ちしていましたが、時間切れにございます」

「七百年間守って来たのに今更かよ。それに復活って、死者を蘇らせるっていうのか。神にでもなろうっていうのかよ」

「天地仁左さんは彩さんを生き返らせたっていうよ。できなかったの?」

「彩? 三行神社の巫女でございましょうか?」

「そう、破羅家の彩さんよ。知っているの?」

「彩殿の縁者にございますか。ならばここに来たのも合点がいきます。最後に来られたのがあなた方でよかった」

「最後?」

「申し上げましたように、天地様の言付を守り、ここは放棄されることとなります。すべて地に返るのです」

「意味が分かんねぇぞ。元々ここは地中だろうが」

「天音のために祈っていただけますか?」

「それはいいが……」

「撮影はOKですか?」

 恵は挙手して訊ねる。

「撮影とは?」

「これで記録を取るの」恵はスマホを取り出し見せる。「彩さんの知っている人なら見せてあげたいし、あなたも撮影していいですか?」

「そのような技術が確立されているのですね」

 了解を得ると恵は近づく。面を上げた守り人を撮影する。

 フラッシュに映し出されたのは木製の人形だった。目鼻はなく、まるでデッサン人形を見ているようだった。

「お前もからくり人形かよ。どこから声を出してるんだ?」

「わたくしの本体は別にございます。これは私の体の一部。声は内蔵された出力器から出しております」

「思いっきりSFだね……。これが秘宝だって言われれば信じてしまうよ」

「お前は秘宝じゃないんだな?」

「ここに秘宝はございません。ではこちらへ」

 からくり人形は立ち上がると、背後にあった扉の閂を抜き、ゆっくりと扉を開いていく。

 神社仏閣の秘蔵の品が御開帳されるような雰囲気である。

 中には亡骸以外何もない。

 白い壁はそれ自体がほんのりと明かりを灯しているようだ。女性は一メートルほどの高さに浮き上がり周囲とは違う淡い光の中に包まれている。白い装束を身にまとい、短く切りそろえられた黒髪は和人形を見ているようだった。年は二十代から三十代くらいだろうか、整った顔立ちで、まるで眠っているようにも見える。

 ライティングのせいもあるだろうが、神々しいとさえ感じる。

「ミイラか棺桶を想像していたが……眠っているだけなんじゃないのか?」

 撮影しながら恵は一刀の言葉に同意する。

「七百年以上このままなの?」

「はい。龍の力によって、亡骸は保存されてきました。これ以上の説明はわたくしにも出来かねます」

「龍は、もう故郷に帰ってしまったのに?」

「それ故に放棄されることとなったのです」

「ここから出すことは?」

「細胞が崩壊しすぐに形を維持できなくなるでしょう」

「ご、ごめんなさい」

「そんな状態で蘇生なんか無理だろう」

「この中であれば、天音の身体を維持できるのです」

「培養液みたいなものか? だから維持できなくてこの場所は放棄される? あんたはどうするんだ?」

「最後まで天音とともにあります。しばらくすればここは機能を停止します。静かに眠らせてください」

 恵は頷く。撮影を止めるとスマホをしまう。

 祭壇はなかったが、二人は手を合わせた。

 それが終わると二人は『地』に促され、部屋を後にする。

 再び閂が掛けられ、扉は閉じられた。

「どうして見せてくれたの?」

「ここに来られたということは、父の作りし証を御持ちであると判断しました」

「証? もしかして一刀クンが刀を持っていたから、扉が開いたの?」

「こいつが?」霧双霞を指さす。

「そうでなければ、中に入るのは容易ではなかったでしょう」

「じゃあ、なんであの竹林や屋敷で襲われた?」

「正式に登録された方でなければ、警備装置が働き排除いたします」

「手続きはどうするの? あなたに言えばいいの?」

「なんで、そんなこと今更訊くんだよ?」

「だって、また一刀クンもここに来るでしょう? だったら安全に入りたいよ。そうだ、彩さんとだったら?」

「彩殿はすでに何度もここに来ておられますから問題ございません」

「やっぱり! 彩さんと一緒だったら苦労しなくてもよかったんだ」

「ですが、次はございません。残念ながら」『地』はそう告げ、一刀に話しかける。「あなた様にお願いがございます」

「嫌だと言ったら?」

「特に問題はございません。萍か、霧双霞を御持ちと見ました」

「ウキグサ? もう一振りの事か?」

「霧双霞にございますか。ありがとうございます。この体を全力で動かせるのもあと僅か。一分ほどお時間を頂戴するだけでございます」

「なんでそんな必要がある」

「待ち人は現れませんでしたが、継ぐ可能性のある方がここにおられるのです。見てみたいではありませんか」

 その声には感情がこもっている。恵にはそう感じられた。

 巻き込まれないように距離をとり始める。

「六柱がひとり『地』、見定めさせていただきます」

「聞きたいこと、山ほどあるんだけどな……」

 柄に手を掛けながら一刀は身構える。

 からくり人形は素早く動いた。

 両腕が刀に変わり斬りつけてくる。

「なんで人形が、それだけ動けるんだよ!」一刀はそう言いながらも刀で受ける。「刃こぼれするだろうが!」

「霧双霞であれば、御心配には及びません。遠慮なくいかせていただきます」

 恵は置いてけぼりだった。

 成り行きについて行けなかったが、さらに距離を取りながら、急ぎ撮影を始める。

「バッテリーもつかな? メモリーも」

 今日だけで多くの物を撮影、記録していたのだった。


 彩は怖かった。

 天地仁左から天地邸への鍵を渡されていたが、彼女自身にも思い出が深く刻まれていた。

 幼くして神社へと預けられたため破羅家との関係は薄く。幼少の頃よりかわいがってもらった天音に彩はなついていた。天音が助かるのなら白き珠を差し出してもいいとさえ思ったほどである。

「天地様の秘宝。それを探し出し解き明かすことになろうとは思いもしませんでした」

「三行神社に資料とかが残されているのだとしたら、それはいつか誰かが求めることになるのではないでしょうか」

「時が来たということでしょうね」吐息を漏らす彩。

「ランネルドが出てきているのであれば、確実に」

「龍に続き秘宝。何が狙いなのでしょう?」

「ぼくに分かるわけがない。ヤツらは世界中で陰謀を巡らせ、人類を、この世界を破滅に導こうとしている。天地仁左の秘宝がどのようなものであれ実在するのであるというのであれば、ランネルドの手に渡るのだけは阻止しなければなりません。流れに抗い、断ち切るのも我々の務めです」

「頼もしいですね」彩は眩しそうに大場を見る。「私自身は抜け穴について触れてはならないもののように思えています」

「神聖な場所であればそうとも言えるでしょうが、秘宝を求める奴らにそんなことは通用しません。それに我々の手で弔うことも必要なのでは?」

「そうですね」目を背けてはいられない。求めるものがあるのなら確かめる必要がある。

 魂が老いてしまっては、再び生を授けてくれた龍に申し訳が立たない。遥かに年下の彼らに励まされてしまっていることに、彩は心の中で苦笑いするのであった。

「暴いてはならない聖なる場所かもしれませんが、それでも我々にとっては大きな手掛かりになるのです」

「天地様の願いは天音様とともにあることでした」彩は囁くように言う。「これは私の推測でしかありません。天音様がお亡くなりになられた後、天地様は天音様の復活を願ったのではないかと……思うのです」

「確かに復活を願ってミイラは棺に入れられたとされていますが」

「生命への挑戦とでも申しましょうか……」

 うつむき自分の胸に手を当てる。

 初めてではないだろうか、彩の歯切れの悪い言葉は。

「命ですか? 蘇生、不老不死、人造の人間を作るとか、そんな感じですか?」

「そう……、そのようなことでしょうね……」

「にわかには信じがたいです。しかし龍が実在していたように、天地仁左が本気でそれらのことを考えていたのであれば、絶対あり得ないとは言い切れないでしょう」大場は言う。「それが秘宝の正体でしょうか?」

「他は何も私の元には残されてはいません。私は人々が触れることがないようにあの場所を封印しただけです」

 そのために立札をたて、井戸には重い石蓋を置き鎖と錠前を掛けて封印していた。

「そこに一刀と恵ちゃんは入っていった……。入口はそこだけなんですか?」

「城側の井戸はすでに壊され、井戸のあった場所も埋め立てられてしまっています。残ったのは龍玄寺側の井戸と、抜け穴の伝説だけです」

「だとすると、ぼくたちもそこから追いかけるしかないですね」そこで大場はふと気になることを思い付き彩に訊ねる。「龍の力で地下の施設は作られたのですよね? それはもしかしなくても龍の力で維持されてきたものではないのでしょうか?」

「そうですね。私にはどのようにして龍の力を天地様が利用したのか理解しかねますが、館を維持していくためには何らかのエネルギーが必要になりますね」

「ぼくらが周知の既存のエネルギーが鎌倉の頃にある訳がないですよね。だとすると維持するためには龍の力が使われ続けてきたと考えるのが必然であるような気がします」

「その龍は宇宙へと帰還し失われてしまっています……」

「維持する力が失われた地下はどうなるでしょう?」

「分かりません。ただ単に照明や空調などの維持機能が失われただけなのか……あれから二週間以上経ちます。状況に変化はありませんが……」

「最悪崩落という可能性はあるでしょうか?」

 大場は生唾を飲み込む。

「私は失念していたのかもしれません」

「そんな予測なんて誰にもできませんよ」

 大場は番場に再び通信を送る。最悪の事態に備えてだった。

 可能な限りジムニーのスピードを上げ現場へと向かう。


 刀身が伸びている?

 一刀はからくり人形から距離を取ろうとする。

 闘う意味がない。一刀は逃げ切ろうとさえ思っていた。

 それなのに切先が何度も迫って来た。

 本当に刀身が伸びているのか、明かりのせいなのか、見切ったつもりでも距離感が合わない。

 からくり人形は時折人とは全く違う動きも見せる。

 避けようのない距離から、腕が伸びてくる。

 右の腕が真上から、もう一方が腹を薙ぐように同時に斬りつけてきた。

 横からの刀を先に強くはじくように振るう。斬撃から感じていたが、からくり人形自体は軽かった。バランスを崩し真上からの軌道が逸れ、一撃を一刀はかろうじてかわす。

 再度距離を取ろうにも間合いを作らせてはくれなかった。

 刀を振るうにしても踏み込みが甘くなる。

 人形に恐怖心はない。多少の事ではひるまなかった。

「なめるなよ」一刀にとって、これぐらいの速さなら体験済みだった。

 片方の刀身をはじきながら踏み込むと速度を上げた。

「軽いんだよ」

 相手の剣戟の隙をつき斬り込んだ。

 上段からの一撃に相手の刀身は折れた。「なまくらか」

 それでも突っ込んでくる相手に突きを入れる。

 手応えはあった。

 素早く刀を引き、袈裟懸けに斬る。

 からくり人形の右腕が飛んだ。

 そこで人形の動きが止まった。一刀は振り下ろそうとしていた切先を止めた。

「一分でございます。良き太刀筋でございました。これならば他の六柱も満足出来ることでございましょう」

「おい、六柱ってなんだよ!」

 また謎な名称が出てきた……。

「父が天音のために生み出しし子らでございます」

「ちゃんと説明しろや!」

「きっとこれからお会いできますよ。秘宝を追いかけるのであれば」まるで楽しんでいるような声だった。「わたくしはここまででございますが、ことは第二段階に移行しております」

「だから含みを持たせた言い方はやめろ!」

 一刀はムカついてきた。

「ここはあと十時間ほどで終わりを告げます。あとのことはよろしくお願いします」

「何がよろしくだ! 自己完結するんじゃねぇよ」

 一刀は怒鳴り声を上げるが、それに対する返答はなかった。

「お戻りください。あなた方の時間へ。ここは時の止まった場所にございます」

 うっすらと灯っていた明かりも消えた。からくり人形は闇に還る。

 声のみが研究室に響き渡る。

「竹林の警備は解除しております」『地』は告げる。「それと侵入者が他にもございます」

「オレたち以外にもここに来る奴がいるのか?」

「登録されていた以外の者です」

「誰なのか分かるか?」

「ひとりではございますが、それ以外分かりません。引き返すようにお伝えください」

「一刀クン、行こう」

 足元が沈み込んでいるような感覚に襲われ、恵は一刀のシャツの袖を引く。

「まったく融通がきかねぇな」舌打ちする。「分かったよ。これで勘弁してやる」

 スマホの明かりを頼りに研究施設の外、竹林に出る。

「私たちが来なければ、もう少し長く維持できたのかな」

 締まる扉を見ながら恵は一刀に言う。

「そんなこと神のみぞ知るだ。あんまりいい気分じゃないがな」

「墓を暴いたような感覚?」

「なんとなくだ。それにまた分かんねぇことが増えた」

「六柱とか? ここ柱がないもんね」

「その柱じゃないだろう。他にもあいつの仲間がいるってことだろう。面倒くせぇな。それに第二段階って、なんだよ。言いたいことだけ言いやがって」腹が立った。

「分からないことだらけだよね。彩さん、知っているといいね」

「洗いざらい吐かせる」

「お手柔らかに」

 恵は苦笑いするのだった。

 屋敷の入り口側に回ると、竹林で音がする。

 見ると竹が次々と倒れていく。

 竹林に穴が開いたように道が出来るのだった。

 その中をゆっくりと歩いてくる男の姿があった。

 頭のてっぺんが禿げ上がり少し猫背のような歩き方だった。まるで散歩しているようにマイペースでにやけた笑みを浮かべている。

 敵意は感じられなかったが、一刀にはそれがなおさら胡散臭く思えてくるのだった。

「ここは危険ですよ~」

 恵が手を振り、声を掛けるが反応はない。

 二人は立ち止まり、様子を見ていると、近くまで来て中年男は立ち止まる。ズボンのポケットに右手を入れる。

 一瞬身構えるが、中年男の取り出したのは財布だった。

 財布の中から五百円玉を取り出すと、

「ジュース買ってきて」

 ガラスのこすれ合うような耳障りな音がして、見えない何かが二人の間を通り過ぎていく。

 後ろを振り向くと、屋敷に、それまで無かった穴が開いていた。

「アメなめる?」

 再び甲高い声がする。

 手のひらには飴玉が二つある。

 中年男が口を開く前に二人は危険を感じ左右に別れた。

 屋敷の柱がきれいに切られていた。

「自販機はここにはありません! それにアメって、なんですか?」

「そんな突っ込み入れてる場合かよ。何もんだ!」

『我らFBトリガー』

 その声は中年男とは別のものだった。その証拠に中年男は口を開いていない。

「FBトリガー? また新手かよ」

 一刀は答えが返ってくるとは思わず、目を見張る。

『その刀を返せ。それは我らの物だ』

「何と勘違いしているか知らないが、これはオレのだ!」

『秘宝を置いて行け、命だけは助けてやろう』

 声だけの主は勝ち誇ったように言い放つのだった。

「そんなのがあったらオレが欲しいよ」

「ここにはそんな物はありません」

 恵は中年男にそう言いながら自分の左耳を指さし、一刀に目配せする。

 中年男をよく見ると右耳に小型の機器が付いている。

 さらに小型機器から伸びた有線が入ってきたところまで続いているのだった。

 あやつり人形か?

『改造人間コンドーの威力は見ての通りだ。大人しく従え。さもなくば』

「どうだってんだ」

『死ぬがいい』

「誰が従うかよ」

『行け、コンドー!』

「アメなめる?」「ジュース買ってきて」

 首が異様な動きで左右に振られ、意味不明な言葉を連呼していく。

 一瞬、恵の反応が遅れる。

 小さな悲鳴を彼女は上げる。

「私のブレザー!」

 棍棒は切断されていなかったが、制服の脇がきれいに裂かれている。

「かまいたち? おい大丈夫か!」

「アンダーウェア着ていたから身体は何ともないけど、制服とブラウスが……、クリーニングから戻って来たばかりなのにぃ」

「汚れるかもしれないんだから、着てくんなよ」

「そんなこと分かるわけないじゃない」恵の声は怒りに震えていた。「何てことしてくれたのよ!」

 左右にステップを踏みながら、彼女は一気に間合いを詰める。

 中年男の腹に棍棒を思いっきり突き立てる。くの字になったところに恵は躊躇なくボタンを押した。

 雷撃が走る。

「やりすぎだろう」

 一刀は派手な閃光を見てそう思ったが、それでもコンドーはまだ立っていた。

 服が焼け焦げ肌から煙が出ている。

 目はうつろになり、虚空を見上げているのだった。

「人じゃないな……」

 耳に付けていた機器が破壊されたせいだろうか、コントロールを失ったコンドーは天井に向かって口を開く。

 発音が怪しくさらに聞き取ることが不可能な言葉を口走っていくのだった。

 天井から何かが降って来る。

 どうしたものかと考えていると、一刀の脇を何かが疾風のごとく駆け抜けていく。

 実験室から飛び出してきたからくり人形が残った方の腕を刀にかえて、コンドーの胸板を突いていた。

 次の瞬間、爆発が起きる。

「おい、無事か?」

 爆煙にむせながら一刀はからくり人形に声を掛ける。

「問題ございません」

「どこがだよ」

 頭部が半分無くなっているし、身に着けていた着物もボロボロだった。

「害なす侵入者は排除いたしました。お二方は早くここより避難してください」

「……分かったよ」

 一刀は吐息を漏らす。

 恵は一礼して感謝の言葉を伝えると、一刀とともに抜け穴を引き返すのだった。

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