第24話 ギフト
龍の伝承とそれを巡るキロウとの戦いは終わりを告げた。
新しい朝が訪れる。
『一週間前の深夜、南風市三摩地で起きた爆発は隕石の落下であるとの見解が示され、我々報道陣にも現場が公開されました』
テレビにはドローンから撮影されている池の北側近くにできた大きなすり鉢状のクレーターが映し出されていた。
『あと数百メートル、落下位置がずれていたとしたら街に甚大な被害を与えていたことでしょう』
レポーターが現場近くから状況をアナウンスしているのを横目に恵は通学鞄を背負う。
「お爺ちゃん、行ってきます」
「気を付けるんだぞ、一応、病み上がりなんじゃからな」
恵はあの日の晩から、二日間JESの隣にある関連病院で検査入院していた。
一刀、彩とともに。
「大丈夫だよ。今朝の鍛錬も問題なかったでしょう?」
多種多様な検査からも身体的異常は見当たらなかった。
健康そのものである。平田はその結果にある意味落胆していたが。
「行ってきます♪」
心配する祖父に和やかな笑顔で返し、玄関を出る。
早朝の空気が清々しい。
地下鉄駅に行く前に恵は三行神社へと向かって駆け出した。
境内では拝殿の前で彩が箒を持ち、朝のお勤め中だった。
「彩さ~ん♪」手を振りながら声を掛ける。「おはようございま~す」
笑顔で応じてくれる彩に恵は抱きついた。
「はい。おはようございます」彩も爽やかな声で答えてくれる。「恵さんは今日もお元気ですね」
明るく朗らかな恵の姿に彩は生きる活力をもらっているような気がする。
「それが私の取り柄ですから」
「今朝は、恵さんにお渡ししたいものがあるのですよ」
「なに、なに、何かな?」
恵が目を輝かせながら待っていると、彩は欄干のところに置いていた薄紫に紅葉の柄の入った巾着を持って来て、彼女に差し出した。
「お弁当です」少し恥じらうように笑う。「唐揚げが入っていますよ」
「本当ですか?」
「お約束でしたから」
あの日の晩にできなかった代わりだと彩は言う。
恵は喜びを全身で表す。
「ありがとう。彩さん。お母さんみたい」
「いやですよ。まだ子を成したこともありませんし、これからまた学校に通おうと思っているのですから、お姉さんくらいにしておいて下さい」
歳の差を考えるとそれ以上であるはずなのだが……。朝日に輝く黒髪は美しかったし、恥じらうように笑う彩は見た目相応の可愛らしさがある。
「学校ですか? じゃあ、一緒に私の高校に通うというのはどうですか? なんなら本当に私のお姉ちゃんとして」
「高校生ですか……」
務まるだろうかと、不安な顔をする。
「大丈夫です」拳を握りしめ断言する恵だった。「そして、私と一緒のクラスになって楽しい学園生活を送りましょう」
「そのようなことが出来るのでしょうか? あ~、でも番場君なら面白がって手を回すかもしれませんね」
「そうでしょう。やりましょう♪」
「考えておきますね」彩は微笑んだ。「この話は後程またいたしましょう。このまま話をしていますと、恵さんが学校に遅れてしまいます」
そう言って彩は恵を学校に送り出す。
鳥居を抜ける直前、弁当の包みを掲げながら恵はいったん振り返る。
朝日のような眩い笑顔だった。
それが彩の不安を拭い去ってくれるようでもあった。
彼女の身体は普通の人間と何ら変わらないものになっているという。
龍が与えてくれた命なのだろう。彩は胸に手を当て感謝とともに生を実感する。
人と同じ時間を生き、齢を重ねていくのである。
「ふふふっ、恵さんとなら歩んで行けそうですね」
彩は七百年の時を経て、ようやく自らの道を歩もうとしている。
日常が戻ってきた。
はずだったが……。
「あぁぁぁ」空を仰ぎ、恵は盛大なため息をつく。「一刀クン、私って文才ないのかなぁ」
昼休み、屋上に出て、恵はベンチで一刀と昼食を共にしようとしていた。
秋の空は天高く広がっている。
「なんだよ。藪から棒に」
「提出用のレポートがまとまらないの……」
番場や平田から事件の詳細をまとめたレポートの提出を彼女は求められていた。
「あったこと、そのまま書けばいいだろう」
「箇条書きにして出したら、再提出だって言われたんだよ~」
あまりにも簡潔すぎたらしい。
「それでもっと詳しく書こうとしたら、今度は私の感情とか感想みたいなのが入ってきちゃってまとまらなくなったの……、どうしよう一刀クン」
「壮大な物語でも書く気かよ」
「彼っていうか、龍の見せてくれたこととか、言葉にするのが難しすぎるし……」
「オレが、知るかよ」
「助けてよ~」一刀の袖を掴み何度も引っ張る。
「オレは自分の見たことやったことしか書けないって」
すでに彼は番場に当日のレポートを提出していた。
「そうだよねぇ……」
頭を抱える恵。彼女の日常はまだ戻りそうにもなかった。
「早くしてくれよ。いつまでたっても謎のままになって、何があったのか知ることが出来ないだろうが」
「だから、こうして休み時間とかに会って話しているんじゃない」
口をとがらせ恵は一刀を見る。
「予想の斜め上を行くことや、情報量が多すぎて、こっちの頭もぶっ飛ぶがな」
感謝はしている。一刀には聞きたいことが山ほどあった。
だが質問の返答を得るたびに想定以上の理解不能な答えが返って来て、頭を抱え込んでしまう。彼女が嘘や冗談を言っていないことが分かるだけに、話がややこしかった……。
「私だって、びっくりしまくりだったもん」
写真と瓜二つの女性が突然目の前に現れたかと思ったら、彼女が鎌倉時代の生まれだとか、破羅家の人だったりという展開は、驚愕の連続だった。
「三行神社にも何かあるだろうとは思っていたが、あの彩って女、妖怪じみた婆だとは思わなかったぞ」
「せめて娘くらいにしてほしかったよね~」
「それでも若作りが過ぎるだろう」
「どう見ても同い年か、ちょっと年上かなってくらいの見た目だものね」
「お前が浮かび上がったのもだが、その横で倒れられた時には本当に焦ったぞ」
「私も……。儀式には風ノ珠も必要だって聞いていたから、気になってさ。心配していたんだよ」
「珠が体内にあるために七百年以上生きてきたっていうのにも驚いたが、あの時はそんなこと知りもしないからな。身体は冷たい、息はしていない、心臓も動いていなかった奴が、突然目を開けて口を開いた時には、無茶苦茶驚いたぞ」
「彩さん曰く、あの珠と神社を守って来たことへの龍からの感謝の印だったんじゃないかって」
「感謝ったってなぁ。龍、万能すぎだろう」
「私を宇宙に連れて行ってくれたのも、そうだったんだろうなぁ」
「あんな乱暴な帰還をさせといてか?」
「大気圏突入したときはもうダメだって思ったよ」恵は苦笑いする。
「確かに普通じゃ、体験できないことではあるが……」
「でもさ、一刀クン。宇宙から見た地球は、本当に、凄かったんだよ」どれくらい素晴らしかったかを拳を握り締めながら身振り手振りも交え力説するのだった。「感謝、感謝だよ」
「まあ、お前がそれでいいなら」一刀は恵の満面の笑みと熱気にあてられるのだった。「……ただなぁ、珠は無くなってしまったんだろう。いいのか? お守りだろう」
「残念だけど……、あれは龍の一部だったから、返さないとね。それに、あの時、私ね、ちゃんとお母さんとお父さんにお別れが言えたと思うんだ」
あの日から抱え込んできた想いを、伝えられた気がするのだった。
「そうか……納得できているんならいいか」
スッキリしたような顔付きを見て一刀は胸をなでおろすのだった。
「素敵な贈り物だったよ」
「よかったな。人類初の宇宙服無しでの生身の大気圏突入だもんな」
「そんな話、誰も信じないよね」
「巨大クレーターを作った女でもいいかもな」
「ひどい。私があの大災害を起こしたみたいじゃない」
嵐のような衝撃が過ぎ去った後、クレーターの底で裸のまま大の字になっている恵を発見した彼らは驚愕し、茫然とする。
その場の全員が恵を心配するのだが、平田の「寝ているだけだ」という言葉とともにまったく「異常なし」とする診断結果を聞き、誰しも気が抜けたのである。
一刀は思い出し笑いをする。
「事実だろう」
ただ、一刀は龍からの感謝の印というものが本当にあるとするのなら、恵への贈り物は彩へのものと同レベルかそれ以上にとんでもないものなのではないかと考えてしまう。
短時間とはいえ生身で宇宙空間にいたのである。JESでの精密な検査でも体への異常は見当たらず、宇宙放射線の影響等はまったく受けていなかったとされている。龍が宇宙にいる間も大気圏突入から着地の瞬間に至るまで恵を守ってくれたというのが、誰しもが思うところだろう。
だが大気圏突入の際、恵の話では、すでに龍は地球を離れ、太陽圏外へと旅立っていたのである。超高速で移動中、しかも遠距離で力を行使し恵の保護することは可能なのだろうか。最後まで帰還を見届けないのであれば、何らかの安全策を講じていたはずだ。
宇宙空間に適合した身体になっていたのではないかと一刀は考えてしまうのだ。
だとすると、恵の体内細胞の変化が数値には表れていないだけなのではないか?
衣服や装備品だけが大気圏突入で燃え尽きてしまっているのもそれを裏付けているような気がした。
過去にダイケンと融合したことのある龍であればそれが可能であるように思えてくる。
本当にそんなことが出来るのかという理屈は抜きにしても、地球上の生物は宇宙に出れば窒息してしまうし、放射線などの影響も受ける。大気圏に突入すれば途中で燃え尽きてしまうのである。
あくまでも推測の域を出ないものではあったし、危険すぎてこの仮説は確かめようのないものだった……。
「しかし、オレには何にも無しかよ」
「儀式に付き合わされたんだもんね」
一刀の活躍は目覚ましかった。一人で百体以上の影を消滅させていたのである。
「でもほら、一刀クンの手を治してくれたよ」
確かに手の火傷は治っていた。本人も気付かぬうちに。
これには番場らも驚いていた。
「それだけかよ。お宝とか、そんな報酬があってもいいと思うぞ」
「俗物的~」
「そういうのでいいんだよ。そういうので」
「一刀クンにだってきっと何か贈られているよ」
今は気付かないだけだと恵は思う。
身体能力向上。
恵には一刀の剣戟が以前にもまして鋭くなっていると感じているからだ。
「龍はもういないんだ。期待するだけ無駄だろう」一刀は肩をすくめる。「それにしても珍しいな。今日は弁当なんだ」
恵が大事そうに手にしている巾着を指さす。
「これはねぇ」にんまりと笑う。「彩さんが私のために作ってくれたの」
口の紐をほどき、弁当箱を取り出すと蓋を開けて中を見せてくる。
竹製の質素な弁当箱に白いご飯。唐揚げがメインのおかずは卵焼きやプチトマト、小松菜とゴマの和え物などが彩を添えていた。
心底嬉しそうに自慢してくる恵に呆れる一刀だった。
「お前、本当にあいつのこと好きだな」
「うん。私のお母さん♪」
唐揚げをひとつ美味しそうに頬張る。
「そりゃあよかったな」
「でもお母さん、て呼ばれるのは嫌みたい」
「じゃあ、婆さんにしとけ」
「絶対に怒られるよ」
「実際、そうなんだろう?」信じがたいが……。「それともご先祖様の方が良いか?」
「ご先祖様は合っているのかもしれないね。一刀クンも雁埜さんの家と縁があったし、どこかで私たちはつながっているのかもしれないよ。一刀クンの方が誕生日、私より早かったし、お兄ちゃんとか」
「お前と血縁なんて、ゾッとしないな。鳥肌が立ってきたぞ」
「ひどいなぁ。みんな親戚付き合いが出来ていいじゃない」
古くから翔月や守護、静龍に根付いている人々は今も多いはずだ。もしかするとダイケンの血を受け継いでる人もいるかもしれない。それに破羅家と宇月家もどこかで交わっていそうだった。
「そんなにいいもんじゃないだろう」一刀は呆れる。「なんなら婆さん、あの見た目なんだから、いっそお前んところの養子にでもしてしまえばいいだろう」
「それもいいなぁ。私のお姉ちゃん♪」
燃料を補給したみたいに喜びをあらわにする恵だった。
「自分で言っといてなんだが、じいさんよりも年上な姉さんって、どうなんだよ……。まあ、JESで婆さんの戸籍を作ってくれるっていう話らしいからな」
「生まれが鎌倉時代で、隠れて生きていれば、戸籍も住民票もないよねぇ」
それが彩の言葉を証明するもののひとつにもなっていた。
「あの番場さんですら狼狽していたからな」
「彩さん、JESから勧誘されたって言ってたよ」
「オレ達みたいにか?」
「同じセクションだって」
「嘘だろう? 研究班とかじゃないのかよ。実働部隊って、どうなんだ……」
「あの時はお披露目できなかったけれど、彩さんも武術の使い手みたいだよ」
キロウを撃退したという話を一刀にする。
「見かけによらないものだな」
「お手合わせしてみたい?」
恵の問いかけに一刀は首を横に振る。
「そんなことよりも、さっさとあいつと話をさせろってんだ!」
「どうなんだろうね。彩さんは平田さんが離してくれないって言っていたよ」
「いつまでたっても話が進まねぇじゃないか」
「聞きたいこと山ほどあるのにね」
「天地仁左の事も知ってんだろう? 洗いざらい吐かせてやる」
「取り調べじゃないんだから、お手柔らかにお願いしますよ。朧刑事さん」
「だったら恵はかつ丼用意しとけ」
「定番だね」恵は笑う。「今日はJESで、晩御飯みんなで一緒に食べようか? 味噌カツ、ソースかつ、それとも卵とじ? どれがいいかな、私、作るよ♪」
「何でそうなるんだよ」
「だって、今日もJESに行くんでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうだが」
一刀は弁当箱から唐揚げをひと摘みし、口に入れた。
冷めていても、味付けもいい。
「美味いな」
「あ~っ! 私の大切な唐揚げ、とったぁあぁぁ!」
恵は一刀の肩をポカポカ叩く。
それが、はたから見ると仲睦まじく見えるとは知らずに。
のどかな秋の昼下がりだった。
<第一部 伝承編 完>
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