第23話 流れ星に願いを
その日、日本とその周辺地域で流星が観測された。
満天の星空に流れた一筋の光に祈った人々も多かったのではないだろうか。
それが一人の少女の帰還であることを世界は知る由もなかった。
突如現れ、あり得ない軌道で落下してきた物体は、天空から投げつけられた一本の槍のようにも見えた。
燃える火の玉となった物体は、南風市東部の田園地帯に激突する。
地が震え、衝撃と風圧が周囲を襲う。
倒壊した家こそなかったが、窓ガラスが割れ、屋根瓦が飛んだ家々もあったほどである。
大地を穿った穴は大きなクレーターを作り真夏のような熱風が吹き荒れた。
「なんだよ。何が起きてんだ!」
風圧と轟音にかき消されないように一刀は声を張り上げる。
彩をかばうようにして膝をつき身を丸めながら衝撃に耐える。
「みんな無事か?」
吹きつける熱風が収まりかけた頃、番場の声がする。
それぞれ答えが返って来た。全員、無事だ。
「平田さんこいつを診てくれ!」
改めて平田を呼ぶ。
どうやら医療の心得もあるようで、一刀のもとにやって来た平田は彩の腕をとると脈を計る。
触れている彩の身体が冷たかった。
診察する平田を一刀は固唾をのんで見守る。
「脈がない」平田は首を横に振る。「死後何時間も経っているようだぞ」
「嘘だろう……、冗談じゃねぇぞ」
信じられなかった。
「彼女が君たちと一緒に行った娘なのか? 何があったんだ?」
「えっと」彩のことを何も知らない。さらに状況をどう説明していいかも分からなかった。
「……彩でございます……」
かすれた声がして、彩が薄っすらと目を開けた。
突然の声に平田が幽霊でも見るかのように飛びのき、一刀は彩を抱えたまま大きく尻もちをつく。
「おい、あれを見てくれ!」
大場が何かを指さし叫んでいた。
矢継ぎ早に起こる事態の変化に身体も頭も追いつかない。
一刀は彩をそのまま抱えながら駆け寄る。
番場や大場の立っているところから先は巨大なクレーターになっている。
熱に揺らめく大気の向こう側、クレーターの底に横たわる女の子の姿が見えた。
「恵!」
大場がすり鉢状の崖を滑り降りていく。番場がそれに続いた。
声が聞こえる。
ものすごく遠くから……。
夢を見ているのだろうか?
景色はぼやけていたが、誰がどのような表情をしているのかは手に取るように分かった。
「こいつ、これだけ皆に心配かけといて、なんでこんなに幸せそうな寝顔してんでしょうね?」
一刀クンだ。
なんだろう、呆れられている?
「どこに行っていたか知らないが、楽しい夢でも見ているんだろう」
大場さんは微笑ましいと思っているのだろうか、そんな声だ。
「きっと良い出会いだったのですよ」
どこかで聞き覚えのある女の人の声がさらに遠くからする。
彼女だけなぜか顔がぼやけてハッキリしていないような……。
「素っ裸になって落ちてきたのにか?」
出雲さんは絶対に笑っている。この人はいつも斜めから世界を見ている。
でも裸って、何?
「本人の口から聞かなければ分からないが、何事も無く無事でよかったよ」
お父さんのような口調で番場さんは話している。
腕組みして皆を見守ってくれているのだろう。
「外傷無し、身体のどこにも異常は見られない。あれだけのクレーターを作っておいて、実に興味深い」
間近から聞こえる平田さんの声からは底なしの探究心が含まれているように感じられた。
誰しもが安堵して見守ってくれているようだ。この夢はどんな状況なのだろうか?
「それは分かりましたが、このクレーターはどうするんですか?」
「田畑だったところが跡形もありませんからね」
「それは本部に任せるさ」
「あいつがここまで担ぎ上げられてから十分もたってないのかよ……」
「それを言うなら、お前さんたちが障壁の向こうに消えてから一時間も経ってないんだぞ」
「本当にそれだけしか経ってないってのが信じられないんだけど」
「時間の流れが塔の中と外で、ズレていたとしか考えられないな」
「もう終わりにしてほしいですよ」
「そういや、お前さんが一番、関わってたな」
「朝から、ズーっとですよ。疲れた。なんにも分からないまま付き合わされてんですからね。たまったもんじゃない」
一刀クンが愚痴っている。
私も知らないこと多すぎるよ。阿義とか。
阿義? なんだっけ?
「長い一日だったな」
「一日? そんなもんじゃないですよ、二十日分は時間が経った気分だ」
「なんだ、その妙に具体的な数字は?」
「それだけ中味が濃すぎて体感時間が狂うほど長かったってこと」
「その節は本当にありがとうございました」
誰の声だろう?
必死に思い出そうとしていた。
「言葉だけじゃなく、ねぎらってほしいな」
「本部に申請しておくよ」
「恵ちゃんも頑張ったし、みんな無事でよかったよ」
「寝ている、と言われてもにわかには信じられなかったけれど」
「数値はどれも正常だ。脳波も人が寝ている状態と一致している」
「龍が守ってくれたのでしょう」
少し時代のかかった優しい声は……。
「彩さんだ!」
それに気付くと恵の意識は一瞬で戻った。
「はい」
声は聞こえるが、姿が見えない。
まず目に映ったのは天井だ。
この雰囲気は一度だけ乗ったことある救急車両の中のようにも見える。
意識が戻っても首から下が、まるで自分の身体ではないようだ。
首だけじゃない、全身が動かない。
目だけを巡らせて周囲を見るとJESの特殊車両の中だった。毛布を掛けられ簡易ベッドに寝かされている。
「眠り姫がようやくお目覚めだよ」
いつまで寝ている、と開け放たれているドアの外から一刀の声がする。
車両内にいた平田が心配そうに恵を見ていた。JESが規制線を張り、調査を始めている現場を見ていた大場と出雲も車両の中を覗き込んでくる。
「彩さんは?」
上ずっていたが、声は思いの外大きく出ていた。
身体を動かそうと意識したが、その指令が伝わらないのか、意に反して起き上がることすらできなかった。
神経という体内の配線を必死で繋ごうと恵の脳はもがく。
ブレイカーの落ちた神経を強制的につなぎ合わせていくのだ。
「私はここにいますよ」
彩の声も外からだった。
恵は無理矢理体を起こす。彼女に取り付けられていたモニター用のコードが引きはがされていく。
恵を制しようとする平田の手を振り払い、彼女は狭い車両の中から彩の声がする外に出る。
巫女服の上に毛布を羽織っている彩の姿が見えた。
番場と話をしていたのだろうか彩は恵の姿を見ると驚き慌て立ち上がると、おぼつかない足取りでゆっくりと向かってくる。
恵は彩のもとへと駆け寄っていく。
「彩さん、彩さんだ。良かった!」
抱きしめながら、何度も名前を呼ぶ声は涙と嗚咽が入り混じっていた。
「あなたこそ、よくご無事で」
恵の気持ちが伝わってくるのだろう。彩も涙目になる。
二人はお互いのぬくもりを確かめ合うのだった。
「龍には会えましたか? そうですか、龍は解放されたのですね。本当に良かった」
彩の抱擁は我が子をあやすような優しさに満ちている。
「でもね」彩は少し言い淀む。「あなたが私の身を案じてくれるのはとても嬉しいのですけれど……年頃の女性が、何も身に着けていないままなのは、どうかと思うの」
彩は恵の耳元でささやいた。
我に返った恵は自分が裸体であることに気付かされる。
耳をつんざく悲鳴が、三摩地の夜空にこだまする。
大場が慌てて駆け寄り、うずくまる恵に彼の革ジャンを肩から掛けてくれる。
顔を真っ赤にしながら、彩に手を引かれ彼女は特殊車両の中に戻る。
「よし!」
番場は笑みを浮かべ、一刀らに声を掛ける。
「状況終了。我々は撤収する」
彼はそう宣言すると、颯爽と車に乗り込んだ。
彼らは現場を後にする。
長い一日が終わろうとしていた。
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