第22話 龍の帰還
光の潮流から抜け出すと、そこは。
「宇宙に?」
恵の足元には青い地球がある。
宇宙ステーションから地球を見た光景と同じものが広がっている。
電流が流れるように、抑えきれないほどの興奮が身体中を駆け巡る。
「衛星軌道上にいる!」
映像でもホログラフでもない。
「本当に、宇宙だ!」
宇宙服なしにどうして生きていられるのか、呼吸ができるのか、そもそもなぜ宇宙にいるのだろうか、突っ込みどころは満載だったが、疑問に思う前に、憧れの宇宙からの景色に、歓喜のあまり思考が飛んでしまっていた。
「あれがヨーロッパだとすると、アジアがこっちで日本は今、夜で……」
両手を掲げ深呼吸しながらも、星の海を全身で満喫するのだった。
月から、遥か彼方に無数にきらめく星座を仰ぎ見る。
瞬くことない星々、大気に邪魔されることない天体ショーを堪能することが出来た。
「あなたが、ここに私を連れて来てくれたのね」
いつの間にか恵の目の前にテニスボール大の輝きが浮かんでいた。
それは白だけではない、赤や青に色彩を変えていく。
「ありがとう」
撫でるように光に触れる。
喜んでくれているようなイメージが伝わってくる。
ほんのりとした温かみがある。水ノ珠から感じた以上に安らぎと優しさを感じることが出来た。
「あなたが、龍よね?」
肯定するような思念とともに、発音不能な音階が聞こえてくる。
「それが名前なのよね。発音できなくてごめんなさい」
宇宙空間なのに音が聞こえることに気付く。
不思議なことが多すぎた。思考が追い付かなくなる寸前で考えることを止め、あるがままに今を受け入れることにした。
成層圏を超えて宇宙に龍とともにいること自体が、現実離れした超常現象なのである。他の人に話をしても信じてはくれないだろう。
「あなたが、守ってくれているんだよね」
それだけで、恵は納得するとこにした。
『宇宙はボクの故郷』
「お話しすることもできるんだ?」
『ケンと話をするため、意思疎通のためにこの地の言語を理解しました』
「すごいんだね」英語だけでなく第二外国語でも苦労している恵にはうらやましい話だった。「ねぇ、ケンて、誰?」
『最初で最後の大切な友達』
その言葉と話し方から目の前の光の珠が龍という架空の存在ではない、恵と同い年くらいの少年に思えてくるのだった。
光球を彼と呼んでいいのか分からない。
きっと性別も年齢も関係ないはずだ。
それでも恵はあえて、龍を彼と思うことにする。
彼は予測されていたように宇宙からの来訪者だった。
言葉だけではない。様々な出来事を映像のような形で恵に伝えてくれる。それはスペクタクルなショーが脳内で上映されているような感覚だった。
あまりの情報量に恵は圧倒されてしまう。
彼は意図して地球にやって来たわけではない。
同族とともに彼は宇宙を旅していた。まだ彼らの中では若い生命体で、渡り鳥の群れからはぐれた子供のような存在だったと推測される。
舟石は彼の生命維持装置であり宇宙船でもあった。
恒星間航行の最中、地球上で例えるなら大きな自然に起きた大災害とも呼べる事故で、彼は同族とはぐれ、ひとりこの惑星に漂着した。
地球に流れ着いたとき、彼の生命エネルギーは枯渇しかけていた。
宇宙船がダメージを受け、自動修復モードに入ったため、彼は舟石からのエネルギーの供給がほとんど受けられなかったためらしい。
それを救ったのが、宇宙から飛来した舟石を最初に見つけたケンという名の日本人だった。
地球人と彼の体が、融合に適していたのは奇跡ともいえることだった。
適合確率は限りなくゼロに近かったはずだ。
互いに意思疎通が図られると、彼は舟石を離れケンの体内で枯渇したエネルギーを補充し力を取り戻そうとした。
彼から送られてくるイメージやアドバスからケンは後に王となる。それが伝承として伝えられることになるダイケンであると恵は知る。
人々は偉大なるケン、大いなる剣と称し、いつしか大ケンと呼ばれる存在となる。それがもととなり伝承は語り継がれていくこととなったのである。
瞬く間に言語を理解し、人の心を知った彼は状況を把握しケンに協力する。
その大きさで彼は地球最大のスーパーコンピューター以上の演算能力を持ち、高度な知性と意志を持つ。彼は否定しなかったので、自ら行動できる高純度なエネルギー知性体だと恵は勝手に理解することにした。
力はほんの一部しか使えなかったが、それでも強大なものであったらしい。
ケンは知性こそ他者よりも劣るが、純粋で人々を思い家族や仲間を大切にし、民の信を得ていた。
彼らはともに戦い、三摩の地に安寧をもたらす。
ダイケンは龍神を祀る。彼の言葉は神託として受け入れられ、その力は水源などの恵みをもたらし、三摩の地にさらなる豊穣と平和をもたらしたのである。
だが、王の子孫は違った。
人類は彼に比べれば一瞬とも言える時間しか生きられない種族だった。
ケンの死後、醜い骨肉の争いと欲望に駆られた戦が起こり安寧は崩れ去る。初代王の願いは虚しく潰えたのである。
あまりにも醜悪な映像を見せられ、恵は吐き気を催す。
彼の力はケンと融合したことで、少なからずその子らに遺伝してしまっていた。
彼には小さな力であっても、人々にとってそれは超人的なものだったのだ。狂気に満ち醜く変貌した力が、ケンが護り慈しんだものを破壊し消し去っていくのである。
彼は自らが残してしまった邪に染まりし力を消滅させようとした。
ケンの姿を借り、彼と王から生まれた力を持つ者たちを亡きものにする。しかし、身体は滅することが出来ても、彼の弱っていた力では邪な思念全てを消滅させるまでには至らなかった。
彼はやむなくそれらを自らの中に封印した。
それが今の王武ノ塔にあたる場所だと知ることが出来た。
いつか復活を遂げた時に、それらを消滅させるため彼は眠りにつく。
再び人と交わるようなことはしなかった。同じ過ちを繰り返さないために。
スリープモードに入ることで力を取り戻そうとしたのである。修復されるであろう舟石とともに宇宙へと帰り、仲間のもとへと戻るための休息だった。
彼にとっては一瞬の時間だったはずだ。
「そして、今なんだね」
龍神となった彼は、人に崇められ、敬われた。その信仰が彼の力となっていったのかもしれない。
鍵となる珠と大いなる剣が、彼に至る道として王とその民の子孫に残された。
彼が成したことに報いるため、いつの日かその存在に気づき、彼を眠りから覚ます時のために珠を剣を護り受け継いできたのである。
「行くんだね」
肯定の思念とともに、彼は舞う。
「ねぇ、私もあなたの友達になれたかな?」
一瞬、恵の体をすり抜けていった。
「ありがとう……」
龍だけじゃない。天空の父、大地の母に抱かれている。
その祖たるものと、想いを受け継いだ多くの同胞たちすべてへの感謝が込められていた。
「かえろうね」
舟石がそこにある。彼はその中に消えていった。
「仲間と巡り合えますように。そして航海の無事を」
恵は祈らずにはいられなかった。
舟石は一瞬で遥かなる宇宙へと跳躍していく。
静寂の中に恵は一人取り残された。
天地仁左のことを訊き忘れたと思った瞬間、足元が崩れ去ったような感覚に陥る。
強い力に、地球の重力に引き寄せられる。
地球へと落下していることに気づく。
「やっぱり私たちは大地の人間なんだなぁ」
去り難かった。もっと星の海を、肌で感じ見ていたかった。
「宇宙の人になるのは、まだまだ遠いね」
憧れ、願っても、遥か彼方だった。
地球に背を向け、星々をつかみ取ろうとするが、叶わない。それでもいつの日か必ず……手にするんだ。
全身が熱くなってきた。
「星に、流れ星になる」
どんどん加速していき、途方もない熱量に意識が、視界がぼやける。
父が、母が笑いかけてくれるように見えた。
「さよなら、お父さん、お母さん。ありがとう」
今まで護ってくれて。
「私は、みんなのところにもどるよ」
恵は最後に笑顔でそう答えた。
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