第21話 終わりと始まりに
「ここは?」
眩い光が収まると、そこは塔の中ではなかった。
辺りは暗く、三人は大地の上に立っている。
「舟石?」
恵の前には三摩地にあるはずの舟石があった。
「ここが始まりであり、龍へとつながる場所なのですね」
「星がきれい♪」
恵の言葉に夜空を見上げると天の川が満天に輝いていた。
「望遠鏡があればなぁ」恵は心底残念そうな顔をする。「あれ? でも、今は十月だよね」星座の位置が違う。
「そんな悠長なこと言ってていいのかよ」
周りの景色に違和感があり、一刀は警戒する。
車通りがないばかりか、西にも東にも街明かりが見えない。
「ここも、疑似的空間なのか?」
一刀は彩を見る。
「原初の風景なのかもしれませんね。龍が降り立ち、舟石がもたらされた頃の」
「だからか」一刀は気付く。「儀の塚がない」
「私たちが儀式の場である舟石の前に立っていることには変わりありません」
「時間も景色も変わっていても、舟石だけは本物ということ?」
胸元の珠を握りしめ、恵はそのぬくもりを感じる。
「さあ儀式を始めましょう」
厳かに彩は言葉を紡いでいく。自分自身を鼓舞するように強い意志を持って。
「どうすればいいんだ?」
「まずはそれぞれの珠を池の方角に合わせるように置きます」
彩は、恵と一刀に置き場所を示す。
「これをか?」
一刀は無造作にズボンのポケットから剥き出しの火ノ珠を取り出す。
「大切な珠なのに、あつかいが雑だよ、一刀ク~ン」
「知るか。オレには何の想い入れもない」
一刀は指示された位置に珠を無造作に置く。
火ノ珠に赤い光が灯る。
一刀は「おおっ?」驚きの声を上げた。
恵は両手に包み込むように珠を持ち胸元で祈りを捧げる。
龍に会えますようにと前回と同じ溝に青い水ノ珠を乗せた。
「私が乗せましたら、恵さんは大剣を中央の溝に差し込んでください」
赤と青の灯を見つめながら彩は舟石の中央を指さした。
「これをですね?」
腰に差していた大剣を恵は抜いた。
「おいおい、剣を刺すって、これは成分すら分からない岩だぞ」
「儀式だけど、やってみないと分からないよ、一刀クン。これが鍵なのだとしたら」
「鍵? それにあんたの珠はどうしたんだ」
ただ超然とかまえ、珠を取り出す気配すらない彩に疑念を抱く。
「そうだった。彩さんはどうするの?」
「私自身が珠です。溝に手を当てるだけでよいはずです」
彩は進み出ると、一刀が突っ込みを入れる前に手を置いた。
彼女自身が白い光を発し始める。
さらに舟石を中心に光のさざ波が広がっていく。
彩は、身体の力が抜けていくのが分かる。
これがこの世との別れ、生きてきた意味なのだと悟った。
「良き、出会いを」
彩は恵に感謝とともに言葉を贈る。
その声に背を押され、恵は大剣を指示された場所に突き立てた。
まるで切れ味の良い刃を突き立てたように大剣は恵の手を離れ勝手に舟石に沈み込んでいった。
「なに? なによ、これって何?」
輝きに包まれ、恵は宙に浮く。
まるで宇宙遊泳でもしているように、手足をバタつかせている。
珠の表面から湧き出してくる光の泡が舟石へと染み込んでいく。彩の身体が白く薄らいでいっている。
大剣は舟石の中に完全に消えた。
入れ替わるように光の束が舟石から天へと放たれる。
それは、まるで龍が昇っていくかのようだった。
恵が目の前の光の残滓に触れようとすると、そこから景色が裂け、次元の向こう側が見え始める。
裂け目からあふれ出してくる虹色の輝きが、恵にまとわり付こうとした時、とっさに彼女はそれを払い除けようとした。しかし、触れるとそれは優しさに満ちているのが分かる。
龍へと至る道だ。
扉は開かれ、誘われるように恵は光のその先へと引き込まれていく。
目の前で繰り広げられる神秘的な光景に見入ってしまう。
視界の隅に舟石が見えた。
「彩さん!」
舟石に彩が倒れ伏していた。
一刀が駆け寄っていくのが見えた。
彼女の声が届くことはない。恵は光の潮流に中に呑み込まれる。
恵が宙に浮かび上がる。
一刀は刀の柄に手をかけ身構えながら彼女の姿を目で追い続ける。
微かな音がして、舟石を見ると彩が石にもたれかかるように倒れていた。
「おい!」
左手で彩の頭を支え、右腕を使って体を抱えながら仰向けにする。
軽すぎる。
声を掛けても反応がない。
呼吸すらしていなかった。
彩はまるで糸の切れた人形のようだった。
恵に声を掛けようとして夜空を見上げると彼女の姿は消えていた。
「どこへ……」
気配すら感じられない。
彩の頬を一刀は叩く。
「返事くらいしろ!」何が起きているのか分からない。「こっちはまだ何も聞いていないんだぞ!」
彩の体を揺する。
「すべて話すって言いながら、逃げんじゃねぇよ!」
怒鳴り声を上げたが、何の反応も示さない。
夜風が吹き付けてくる。
辺りを見回すと「現実に戻った?」
街の明かりが見える。
だが、すぐに横にあったはずの舟石が消えていた。
ヘッドライトの光が一刀に向かってものすごい勢いで近づいてくる。
車が急停止すると、ドアが勢いよく開く。
番場たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「一刀、大丈夫か!」
「恵ちゃんは?」
「儀式はどうなったんだ?」
矢継ぎ早に質問が浴びせられるが、一刀は何一つ答える術を持たなかった。
「オレの方が訊きたいよ……」
暴風のように加速度的に襲い掛かってくる事態の変化に思考が追い付かない。
「それよりも、平田さん、こいつを診てくれ!」
平田を見て一刀が彼に声を掛ける。
動転していたのだろう。医療の心得があるかどうかすら分からなかったが平田を呼ぶのだった。
突如、頭上から夜空を切り裂くような轟音が聞こえてくる。
音速を超えているのか大気がビリビリと震える。
「今度はなんだってんだよ!」
轟わたる音に誰もが頭上を見上げた。
天空から火の玉が彼らに向かって迫ってくる。
「冗談だろ?」
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